第161話
来てからしばらく黙り込んでいたユーカだけど、ふと小さく口を開く。その目はやはり倒れて呻くメンテに向いたままだ。
「……ぁ……ぁの、その……えと……」
絵に描いたような陰気な喋り方、というか口ごもり方。どちらかというまでもなく快活な印象だったユーカの面影はもうない。
とはいえ、これでも僕がちょっとショックを与える前の洗脳状態の時よりは、随分とましに――会話が成立する程度には――なった。
「その……、わた……私……」
「ひひゅ……ひゅう……」
何かを言いたいようだけどメンテには伝わっていない。というより、そのうつろな目はどこか遠くを見ていて、戦っていた僕ら以外の人間がやってきたことに気付いているのかも定かじゃない。
まあ気付いていたところで、ろくなことを言うとも思えない。正義に酔って冒険者を無邪気に目指す学生ってことで僕は個人的に好かないタイプだったけど、いったら普通の人だった。それが今、適度に整えられていた青みがかった黒髪はぼさぼさで、ぼろ布みたいな服装をして、手には鋭い三本爪までついている……って、ラセツとサイラはこんな
いやまあ、それはともかく。ユーカが短時間で変わり果てた経緯っていうのはまるで聞いてないから知らないけど、メンテが大部分に関わっていたことは間違いない。そうすると、喋れたところで、命乞いをするかやけになって罵倒するかといったところだろう。
それにメンテが今さら何をいったりしたりしたところで、僕としては消えてもらう以外に選択肢なんてないんだけどね。
「悪いけど感傷に浸らせる時間はないんだ」
「あ、ち、ちが……違うの……」
そう言って再び魔法の準備をし始めると、ユーカは一瞬だけこっちを見た後でやっぱりメンテを凝視しつつ、何やらもごもごとしている。
「違うといったのか? お前は何をしにきたんだ?」
状況に焦れたのか、横からグスタフが口を挟んでくる。
「その……グスタフ君やアル君に迷惑を掛けたくて来た訳じゃなくて……お裾分けっていうか……その……私が、ね? 刺したいな……って……」
ユーカはやはり小さな声でぼそぼそと、しかも早口なものだから、今一つ何を言っているのか聞き取りづらい。
今なんて言った? えっとお裾分けがどうのっていう後に「刺したい」だって……え?
「え?」「あ」
思わず僕とグスタフは揃って声を出した。唐突だったから、驚きもする。
「もう……あったの……見つけたの……。だから、さよなら……」
「がひゅ」
ユーカが屈んですっと差し出した左腕の先、鋭い爪の一本がメンテの喉を貫いていた。
あぁ……、せっかく痕跡の残りにくい方法をあれこれ考えていたのに。
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