第68話
いきなり坊主呼ばわりされたり、追い払おうとされたり、極めつけは理不尽にキレられたり……。そんなグイドの態度に僕が怒りを感じていないはずがない。いつもならとっくに殴りかかっていたはずだ。
なぜそうしていなかったか。未来を知る故の計算があったとはいえ、なぜ素直にラセツを置いていこうとしたのか。それはひとえに、ただ向かい合っただけで、グイドというグスタフの祖先が、とんでもなく強いことが感じられていたからだ。はっきりいってサティすら比じゃない。精霊鬼とか魔獣とかじゃなくて、こういうのを化け物っていうんだろう。そんなことを感じる程に隔絶した雰囲気を持っている。
おそらく人間より鋭敏な感覚を持つのであろう精霊鬼は、そんなこと僕より百倍承知していたんじゃないかな。追い回された経緯以上に、だからこそ震えていたんだろうし。
グスタフから聞いた話からすると、おそらくここに至るまでシェイザ領中をラセツはグイドに追い回されてきたはずだ。まさか僕があの時言った冗談――追い回されたんじゃないかっていうやつ――が真実だったなんてね。そしてその果てに東の遺跡へと辿り着いた今になっても、ラセツは全身擦り傷だらけではあっても大きな負傷はしていなかった。……もししていれば、とっくに仕留められていたのだろうし。
「っ!」
和服に似た服の背を赤に染めたラセツの小さな体を乱暴に掴んで抱き寄せる。だけどさすがは孫に修羅とかいわれるだけあって、グイドは血を払うようにロングソードを振り抜いてから、そのまま次撃の態勢にもう入っている。
「邪魔ァ!」
グイドの剣を持つ腕を蹴り飛ばして距離をあけた。
「へぇ……思い切りのいい蹴りじゃねぇか、坊主」
「うるせェ!」
顎なんて撫でながら余裕で笑んでいるグイドに怒鳴りつつ、常備している魔法薬をラセツの背に振りかけた。
「ぅ……ととさま……大丈夫?」
血が流れ過ぎる前に治療できたから、ラセツは大丈夫そうだ。これなら多少は乱暴に扱っても大丈夫だろう。
……悪いけど、丁重にしてやれるような余裕はない。
「ふん!」
「……え?」
気合いを入れつつ体を回転させ、抱えていたラセツを後ろへ――遺跡の入口へと放り投げた。
「行け!」
ルートは二つに分かれているけど、その片方には空の棺がある。切羽詰まった状況では、僕としてはあの“未来”を信じるほかにない。
「…………」
だけど無言のままラセツは必死な様子で首を横に振る。くそっ、説得してるような暇はない! これだから聞き分けのないガキは……。
とはいっても、僕としてはラセツを見捨てていくという選択肢は既にない。
今も面白い見世物を見るように目をすがめているグイドがいるから? ……違う。ラセツは僕に覚悟を見せたからだ。血と痛みを厭わずに、その覚悟を、行動で。
であれば、僕はそれに応えざるを得ない。善悪の問題でも義理人情の問題でもなく、僕が僕だから、だ。
「なよっとした貴族か出家者かのお坊ちゃんかと思ったが……、いい蹴りだったぜ? 暴力に慣れた奴の感触だ」
「ごちゃごちゃとうるさいな」
「はっ、さっきまでの態度はどうした? それが本性か?」
「そっちこそ、随分と喋るじゃねぇかよ」
言い返した僕の言葉が何やら気に入ったのか、それ以上は返してこずにグイドは嬉しそうな表情でロングソードを構え直す。
いや、さっきはただ手に剣を下げただけの状態から一気に飛び掛かってきた。構え直したんじゃなくて、ちゃんと構えたのは今が初めてかもしれない。
……まあ、どうでもいい。
やると決めた以上はやるしかない。狂人は殴って黙らせるに限る。
「
相手が動くより前に、火炎の塊を飛ばす。ぎゅっと凝縮した、当たれば弾ける火球じゃなくて、人間大の炎の塊をグイドに向かって放った。
「はんっ! 蹴りは悪くなかったが、魔法は未熟か? 坊主」
グイドは避けるのではなくその炎を突っ切ってくる。散漫な制御の魔法など軽い火傷程度で済むと瞬時に見抜いたようだった。けど、その洞察力も、平気で火に飛び込む狂気性も予想の範疇なんだよ!
「
間に火炎の塊があれば視界は遮られ、そこに飛び込むのに一瞬の間もできる。その間に僕は渾身の四文字レテラを編み上げていた。ただ純粋に風の刃の切れ味へ、二つの強化を注ぎ込んだ
それをぶつけるための二段構えだったし、なんとなくこの狂人は避けるより向かってくるように感じたからこそこの四文字魔法を選択した。
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