第67話
僕の記憶にある遺跡の西側出口は出入りがしやすいようにいくらか木々が伐採されていたけど、“ここ”はそんなことがなくあまり見通しは利かない。そんな茂みの一部をかき分けるようにして、大柄な男が姿を現した。
「んん? こんなところで何をしている、坊主。あぶねぇぞ、それぁ獰猛な獣だ」
長身にがっしりとした厚みのある体。そして赤っぽい茶髪を五分刈りにしていて、グスタフにそっくりだ。だけど一部分が明らかに違う。それは目……、鋭く攻撃的な性質を凝縮したかのようなそこは、本質的にはお人好しで気弱なグスタフとは対照的だ。
それにしてもさっきから僕も大概だね。ラセツのことで動揺していたとはいえ、周囲に気を配るのを怠った。攻撃的な雰囲気とは裏腹に、野生の肉食獣みたいに気配を薄くしているこの男だけど、ちゃんと探っていればもう少し早く気付けていたはずだ。
「そうですか、ご忠告ありがとうございます。では僕は行きますね」
小さく「さ、ラセツ」と呟いて促し、その場を去ろうとする。が、その瞬間こちらへぶつけられる視線に明確な殺意が込められて足を止められてしまう。
「あぁ、悪いな坊主。それはペットにはさせられねぇよ、俺の獲物だからな。…………? そのなり……、どっかの貴族だな。見た雰囲気はいけすかねぇコレオの係累っぽいが、知らない顔ってこたぁ、出家した誰かのガキか?」
髪や肌の質、それに服なんかで貴族か大商会の子弟であることはわりと推察できる。今はヴァイシャル学園の制服の上からいくつかの防具を取り付けた格好だけど、学園の制服はわりと頻繁にデザインが変わるらしいから、学園とは結び付けられずに済んだ。
顔形でコレオ家の名前まで出された観察力には驚いたけど、貴族では後継者以外は出家して庶民になったり別の貴族家に入ったりするから、正直どこの人間かなんて察するのは不可能だ。
まあ、僕はそもそもこの時代に存在しないコレオ家子弟だから、わかる訳もないんだけどね。
「そちらはシェイザ家の方ですね。子供が怪我をしているので保護しただけですので、お気になさらず」
「この領の人間なら当主の顔くらいは知ってるか……。けど俺がグイド・シェイザだって知ってるならなおのこと、わがままはやめな、坊主。俺は苛つき始めているぞ」
「だからなんだよ」とはさすがに口に出さなかったけど、素直に答えてくれたものだから、この攻撃的な男が約百年前に精霊鬼を討ったというグスタフの祖父の祖父、グイドで間違いなかったことがわかる。
鬼の一族とまでいわれるシェイザ家直系の人間に「修羅」とか言われてる人だよね。関わるとやばそう。
懐かれているから助けようくらいに考えていたけど、それで戦うことにでもなったら、今の僕では到底敵わなさそうだ。
まあ単なる保身だけでもなくて、わりと冷静に思考できている部分もある。というのも、僕の服の裾を握って震えているこの小さな鬼はほぼ間違いなくあのラセツだ。どういう経緯かなんて知らないけど、この後無事にあの棺へと退避して百年後に僕とグスタフに回収されることは“確定”している。なんなら、ここで時間の異物である僕が下手な手出しをしない方がいいくらいだ。
「……そうですか」
グイドの視線の圧に怯えた感じで一歩下がり、両手を軽く上げて抵抗する意志もないことを示す。それと同時にラセツも手を放したようだった。
そしてさらに下がりながら体を反転させて遺跡の方へと戻ろうとする。何はともあれ石碑のあった場所をもう一度探る必要がある。元の時代に戻れる可能性があるならあそこだ。
「おい」
だけどグイドがさっきより低い声で制止してくる。何かに苛ついたような声音だけど、なんだよこいつ……、行けっていったり引き留めたり。
「なんでしょうか?」
「震えるガキを見捨てるような外道は気に食わねぇ!」
体の向きを戻しつつ振り返ると、怒鳴りながらグイドが突進してきていた。その手にはいつの間にか抜いた武骨なロングソードが握られている。
修羅っていうか、ただの狂人だろこいつっ!
普通に飛び退くのは間に合わない。ちょっとダメージを受けるけど、自分に風の魔法をぶつけて吹っ飛ぶしかないか……。
「ヴェ――」
「おらぁっ!」
「ととさま!」
一瞬で加速したグイドが想定より早く肉薄し、一文字レテラの魔法を発動する暇すらなくそのロングソードが僕へと叩きつけられる。
――だけど、その刃と僕との間には、なぜか小さな精霊鬼が挟まっていた。
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