第110話
もうそろそろ日が落ちる。そんな頃合いに僕らは再びヤマキ一家の拠点となる家、その応接室へと来ていた。
いや、あの時は僕一人で招待されたし、向こうは今回ヤマキ一人だから、顔ぶれは全然違うけど。
「で? どうだった?」
座った状態で膝の上に右腕をだらりと置き、左腕は手の平を左腿に当てるようにした姿勢で、ヤマキは凄むようにして聞いてきた。
今回は紅茶とお菓子も出ていないし、側近が向こうの後ろに控えていない。さらにいえば、先に待っていたヤマキがしっかりと部屋の奥側のソファに座っている。
「……」
「ふむ? ……ほうほう?」
そして扉側のソファに座る僕の後ろに立つ二人はというと、グスタフは僅かに不満を滲ませつつ黙り込み、ラセツは人の細かい作法なんて知らないとばかりに部屋に置かれた装飾品へと興味を向けている。
まあ、座っている位置はともかく、紅茶とお菓子がないのもヤマキの声に迫力があるのも、そんな余裕がないからだ。つまり向こうが探りにいった拠点では何も有用な情報が得られなかったんだろう。これで僕からそれなりの情報が聞けなければヤマキ一家の危機にも繋がりかねない。
さらにいえば、焦りがあるとはいえ、一家の頭領が僕らと単独で会うあたり、なんだかんだと信頼され始めてはいるらしい。まあ前回は触れられなかったラセツを連れてきているあたり、こっちもこっちで……という話ではあるんだけど。
「一人逃がしてしまったけど、これを見つけた」
見つけた紙を渡すと、荒っぽく受け取ってから読み始めたヤマキの表情がどんどんと険しくなっていく。
あれには例の
「すぐに動いて、今夜中にかたを付ける」
団長のタマラを一度追い込んでしまっているから、この計画書に書いてあった数日後まで実行を待つ可能性は低い。というより、この計画書があった拠点を襲撃して、さらに一人逃げられたから、それを悟られる前に動かないと保管場所も移されるに決まってる。
「逃がした一人ってのには、心当たりがある」
目を通した紙をテーブルに置いて、眉間を揉みほぐしながらヤマキはそんなことを切り出してきた。
さっきの今なのに……、ヤマキ一家の情報収集能力はやっぱり侮れないね。
「それって……?」
水を向けるとヤマキは何やら不快そうな空気を滲ませつつ口を開く。
「ついさっき、路地でひでぇ死体が見つかった。もう衛兵が動いてるから近づけねぇが……、うちの若いのが見てきたのは“三人分くらいの血肉”だったらしい」
重々しく告げられた内容は思ったより衝撃的だった。死体じゃなくて
「タマラが制裁のために消した?」
「わからねぇ……が、急ぐに越したことはねぇな」
まあ、最初からここには報告しに来ただけで、それが済んだらすぐに動くつもりだった。つまりは僕の行動は特に変わらない。
「今度こそちゃんと潰してくるよ」
一度は逃がしたタマラを今度は逃がさないと宣言しつつ、僕は席を立つ。
「おう、勘づかれちゃ面倒だからこっちも精鋭が準備できてから追わせる」
ヤマキの言葉に軽く頷いてから、僕は二人を連れて部屋を出た。話がわかるから動きやすくて助かる。一家の面子とかのために足手まといをぞろぞろと送り込まれたらやりづらくなるところだったよ。
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