第328話
ライラとサイラは自分達で申し出た仕事を見事にこなしてくれた。
だからこそ、僕はラセツ、グスタフとともにあの通路を無傷で通り抜けることができた。
「たいしたものですね。全員でないとはいえ、まさか無傷で辿り着くとは思いもしませんでした」
眼鏡をかけた七三分けの中年男がそう言ってくる。
あの幅の広い通路を抜けた先はかなり広い部屋になっていて、その中心にそいつは立っていた。かなり小柄なのに、妙に目をひかれるというか、なんとも存在感のある男だった。
「二手に分かれるのはアルさんの判断でしょうか? 言うほど簡単ではないでしょうに、見事に役目を果たしたあのお嬢さん方はとても素晴らしい」
丁寧な口調で、確かに賛意がこもっているという声音でそう告げてきた。だけどどうにも上から評価している感じというか、教師が生徒を褒めるみたいな雰囲気だ。
「誰かな、君は?」
もはや学園に通っている訳でもないから優等生の振る舞いをする必要はないんだけど、柔らかい口調は普段通りだ。貴族子弟としてそう振る舞っていたら身についてしまった。
だけど、今はその口調に殊更に高圧的なものを混ぜてみた。こういう自覚なく見下すタイプっていうのは、逆に自分が見下されると怒って取り乱すものだと思ったからなんだけど……。
「おっと、これは失礼しました。初めましてでしたね。自分はラボラトーレと申しまして、ドンからは“支配”の称号を授かっております」
落ち着いていて冷静。感情の揺らぎが見て取れなかった。さすがはパラディファミリーの幹部といったところなのかな。そう簡単にかき乱せはしないようだ。
幹部の中で“支配”はその名の通り組織全体の支配が仕事で、要するにドンの補佐役だ。ドンの決めたことを実現するための細々とした全てを差配する。僕らの中ではライラがそれに相当する。
「“支配”……まさか幹部の筆頭が出迎えてくれるなんてね。相談役というのはそれほどの地位だったんだ」
僕が名目だけの地位に押し込められていたことの皮肉を言いつつ、“支配”なんて大仰な称号を冠する者が先鋒をさせられていることへの嫌味も加えておく。
「戦闘においては見た通りの実力なものですから。仕方がありません」
肩をすくめたラボラトーレが自分の身体を示す仕草をした。小柄だし頭脳労働が得意そうな外見であることを言っているんだろうけど、良くいえたものだ。それなりに実戦経験がある者なら、対峙した相手の強さが何となく読める。そして目の前にいるラボラトーレは、明らかに危険な空気を放っている。
とはいえ、高い魔力は感知されないし、所作から格闘の達人であるようにも見えない。そういう意味では一見弱そうというのは確かだね。まあ僕らの中にそれに騙されるような間抜けはいない。
「ととさま、これは柳のようなものじゃ。妾が相手をしておくから、無視して先にすすむが良いの」
「……ラセツ」
今度はラセツが引き受けるということらしい。
「構いませんよ。自分の実力では一人引き受けるのが精いっぱいなので。ここを抜けるのが二人……、こちらの残りが三人、優位は変わりません」
三人。残る幹部で僕らを片付けて、ドンであるサティの手を煩わせる気はないということらしい。そして体を傾けて道を譲るような仕草をするラボラトーレの目は本気であるように見えた。
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