第329話
警戒は一切解かずにアルとグスタフは部屋の奥にある扉をくぐっていった。広い部屋の目一杯端を通ってラボラトーレからとっていた距離が、その警戒心の度合いを表していたといえる。
しかし警戒はしていても、足が止まるようなことはなく、二人が出ていくまではそれほど時間がかかりはしなかった。
扉が閉まる音がしても、しばらくの間部屋の中は静かだった。
「では、始めましょうか」
唐突に、ラボラトーレが戦いの開始を提案する。とはいえ、おかしなことではない。その為にここにいるのだから。
「そうじゃの、始めるとしよう」
だからラセツも拒否するようなことはなく、提案を受け入れる。まさかここで逃げ出すと思っていたのではなくとも、あまりにも自然なラセツの態度に、ラボラトーレは少しだけ眉を跳ねさせた。組織をまとめる立場の者として、得難い人材だと思ったのかもしれなかった。
そんなラボラトーレの心中を知るはずもないラセツは、当然のことながら「妾は人ではなく精霊鬼じゃ」などと断りを入れることもなく、すっと構えをとる。
「……ふむ」
だがすぐに飛び掛かるでもなく、ラセツは値踏みするような視線で小さく息を吐いた。その目は戦闘態勢に入ったラボラトーレへと向いている。
「どうしました?」
挑発なのか、あるいはただ様子を窺っているだけなのかは判別できないが、ラボラトーレは余裕がある雰囲気だった。その姿勢は戦士がとる構えとは違い、かといって魔法使いが間合いを測るようなものとも違った。
見た目だけでいえば、素人の立ち姿。しかしラセツの目から見て、どうしても油断できるような凡人には思えなかった。野生の勘ともいうべきものが、警鐘を鳴らし続けている。
「では僭越ながら自分が先手を……」
動かないラセツに焦れたのか、ラボラトーレが腕をラセツに向かって振るような動作をした。その動きはやはり洗練されたものではなく、どんくさいといえるようなものだった。
しかしその手から放られた物は、しっかりとラセツに向かって飛んでいく。
そう、距離があるところからラボラトーレが腕を振ったのは、殴りかかろうとしたのでも魔法を放とうとしたのでもなく、小さな赤い石を放り投げたのだった。
「む!? 吹きて弾ける、颶風かな!」
たいした速さでも鋭い軌道でもなく、ただ放られた小さな赤い石。それを見てこれまでで最大の危機感を抱いたラセツは、とっさに炸裂する風の魔法を発動させていた。
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