第128話
俺っちはトンマーゾ。ヴァイスを拠点とする冒険者なんでやすが……、最近は街中で衛兵の真似事をしている時間が長い気もしやすね。
「どうだった? 何かあったか?」
というのも、このヴァイス屈指の冒険者であるヨウさんが珍しく街中のことに興味を持っているから。
「噂の通り魔はついに冒険者にまで手を出すようになった……と。こっちで把握している情報と大差ないでやすね」
「そうか……」
俺っちの報告にもヨウさんは特に落胆した様子もみせない。まあ予想通りだったってとこでやしょうね。
そもそもの発端は真面目なギルド職員が珍しい遅刻をしてきたあの日でやした。壁に張り付いた氷漬けとして発見された遺体。あの頃問題となっていた治安の悪化はいつの間にか収まっていたようでやすが、魔法オタクのメンテさんが称賛する程のあの氷魔法の使い手に関しては何の情報もなし。
どうにも入れ込んでいる様子のヨウさんはいまだにこうして、その手掛かりに繋がりそうなことがあれば探っているということなんでやす。
「通り魔に襲われた被害者から直接聞き取りはできていないから、詳しい情報はわからんが……どうにも匂うな」
ヨウさんとしては、近頃世間を騒がせている謎の通り魔事件の起こり始めが、俺っちたちのみたあの氷漬け事件だったのではないかと睨んでいるようでやすね。
「確かに被害者の“証言”こそありやせんが……、“現場”でそれらしい痕跡がみつかったって話も聞かないでやすよ?」
だけど俺っちは関係ないのではないかと……考えていやす。被害者が反撃として魔法を使った痕跡はあっても、あの氷やそれに匹敵するような痕跡というのはなかったでやすから。様々な噂なんかとあわせても、どうにも今暴れている通り魔っていうのは純粋な戦士か、あるいは補助として一文字魔法を使う程度ではないかと予想していやす。
「いや、やはり通り魔があれに繋がると思う。俺の勘は当たるんだ」
しばらくはその青みがかった黒髪をくしゃくしゃとしていたヨウさんでやすが、最終的にはそう結論付けたようでやした。
確かに魔獣との戦闘においては、未来予知みたいな“勘”ってやつで天才的な動きをみせるヨウさんでやすが……、こうした事件の推理みたいなことが得意だなんて印象はまったく……いや、あの、そんなに……ないのでやすが……。いや、こんなこと口に出していう勇気はないな……、俺っちも命が惜しいでやすから……。
「ああ、そういえば、通り魔も青みがかった黒髪をしていたらしいでやすよ。かなり薄汚れた格好をしていたらしいので、正確なところはわかりやせんが」
ちょっと気まずくて話をそらそうと、目に入っていた情報からふと思い出したことを口にする。それは意外と功を奏したようで、ヨウさんの表情から少しだけ険しさが薄れやした。最近になって急な反抗期を迎えたヨウさんの娘さんが家出をしたりもしているらしくて、機嫌がずっと悪いんでやすよねぇ。
「ははっ、珍しくもない髪色だろうが。馬鹿だなトンマーゾは」
「へへへ……」
超のつく一流冒険者から漏れ出る不機嫌な空気を浴びるのに比べれば、馬鹿を演じる方がなんぼかマシってもんでやすよ。
「っ!?」
「な、なんでやしょう?」
と、一瞬のうちにヨウさんの表情がさっきまでの険しさに戻ってしまいやした。俺っちが何かしたとも思えないでやすが……。うん? ヨウさんはどこかを見て……、いやすが、そこには何もないように見えやすね。
「どう……しやした?」
意を決して聞いてみると、ヨウさんは珍しく疲れた様子で首を振って何かを払うような仕草をしやした。
「いや、一瞬だけ強い感情のこもった視線を感じたんだが……、どうにも気のせいだったようだ。誰かが見ていたなら、俺が気配に気づかないはずがない」
「そうでやすね。一旦ギルドに戻って休憩しやしょう」
「ああ、そうだな……」
こと戦闘に関わることなら、ヨウさんの勘は尋常ではない精度を発揮しやす。恨みでも妬みでも、そんな感情で睨んでいたのであれば、それがどこにいて、どこへ逃げ去ったのかってことまで察知して追いかけるような人でやすから……。
逆にいえば、ヨウさんが気配を感じないということは何もいなかったということ。一流冒険者すら騙しきるような気配消しの達人なんて考えたくもないでやすし、どこのマエストロでもそんな魔法があるなんて聞いたことないでやすから。
要するにこの真昼間から幽霊でもでたか、あるいはヨウさんが珍しく疲れているってことでやしょう。
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