第129話
私はヴァイスにその人ありと謳われる冒険者メンテ。魔法の達人にして深淵なる知識の守り手とは私のこと。
まあ深淵なる知識っていうのは私が前世で岩手明子として楽しんでいたゲーム『学園都市ヴァイス』とこの世界が同じだから知り得ている情報のことで、守り手っていうのはそれを私が出し惜しみして人には教えないからっていうことなのだけれど。自分の強みに直結する情報を誰にも教えないなんていうのは当然のことだ。この世界の人間なんて私にとってはしょせんNPCに過ぎないけれど、甘く見て信用した挙句に裏切られたりしたら目も当てられない。
信用は毒……。他人に飲ませるにはとても有用なものだけど、自分で飲むなんて自殺志願者でしかない。
「ど、どうしよう……。お師匠様、う、ウチ……きっと殺されるんだ……」
「助けてくれ師匠! アル・コレオのクソ野郎は裏社会にも繋がりがあるんだろ? 俺たちこのままじゃ何されるか!?」
今目の前で私に訴えている二人もその毒を飲ませた相手。黒髪の双子で、長めの髪をサイドテールにした女の子がニスタ、短くあえて雑な感じにしている男の子がプロタゴだ。この二人はゲーム『学園都市ヴァイス』での主人公で、元々デフォルトそのものだった容姿を、私がよく選んでいたカスタムに寄せた感じにさせている。
「今はまだ大丈夫よぉ。序盤のアル・コレオは貴族であることを笠に着て、威張り散らしているだけのおこちゃまだからぁ」
「ジョバン……? い、いいえ、お師匠様、教室でグスタフ君を止めた時のアル君のあれは……そんなんじゃ……」
師匠である私に対して忠実なニスタが珍しく反論してくるし、私の言葉に感化されて極度のアル・コレオ嫌いになっているプロタゴまでそんな言葉に何度も頷いている。
どうやら甘やかし過ぎたようだ。褒めて伸ばした方が良いかと思って、この二人を鍛えるときにはできたことをなるべく評価するようにしていたけど、それで自分たちが強いと勘違いさせてしまったと後悔している部分がある。
確かに一年生時点のアル・コレオなんて鬱陶しいだけの雑魚だ。まだ決別していないならグスタフ・シェイザが多少厄介な存在とはいえるけど、あれも内心ではアル・コレオのことを嫌っているはずだし、いざとなれば勝手に裏切るだろう。
だけど相手が雑魚でもニスタとプロタゴだって所詮は多少魔法を使えるってだけの子供。私の知る数々のゲーム由来のテクニックなんてほぼ教えていない。強いて言えばニスタに消滅のレテラを授けたくらいだけど、その使い方の基本たる魔法パリィすら軽く伝えた程度でしかないのだから。
つまり学園で何があったかなんて興味もないけど、ニスタがアル・コレオに何を感じたとしてもドングリたちが背比べをしたということに過ぎない。本人は何か深刻に感じているようだけれど。
「どちらにしても、もう関係ないわよぉ」
「何がだ、師匠?」
そう、私としても後の不安要素ではあるから、既に手は打っている。
「なっ!? 誰だ!」
「ひぃっ!」
そのことを話そうと目線を向けると、ようやく存在に気付いた二人が酷く驚き動揺している。今話している私の部屋の隅にうずくまっていたその子には本当に気付いてもいなかった様子だ。
「……手が……ない……正義が……ない……」
ぼさぼさに乱れた髪に、ぼろ布をまとった薄汚れた風貌。右腕はなく、左腕の手首には鋭い爪が取り付けられている。……そして布の隙間から見えるその肌は汚れてはいても傷ついてはいない。双子が訪れるより前……、この部屋へ転がるようにして帰還した時に負っていた火傷が、もうすっかりと癒えていた。
「たいした能力よねぇ……」
「な、何が? 誰だよ、これ!?」
「……?」
腕をなくしたショックから覚醒したのか、ゲーム『学園都市ヴァイス』では持っていなかったはずの特殊能力をこの子は持っていた。それは傷つきにくい体と、魔法薬でも使ったかのような強力な回復力。痛みは普通に感じるようだけど、見た通りに狂ってしまったこの子の精神ではそれはデメリットにもなっていない。
立ち上がって再び“修練”にでようとするその子の姿に鈍いプロタゴはただただ慄いているようだけど、ニスタの方はさすがに気付いた様子だ。
「ま、まさか、あなた……ユ――」
「そこまでぇ……ね?」
「――は、はい……」
言ったからどうだという訳でもないが、名前を言おうとしたニスタの口に指を軽く当てて一応黙らせておく。この隻腕の狂人にはアル・コレオを潰すという役目を与えたのだから、それを果たすまでは妙な刺激なんてできるだけ与えないに越したことはない。
失くした正義を求めて人を襲う暴力性に回復力の特殊能力。そこに少なくともこの王国では私だけが知り得る消滅のレテラと多少の戦闘技術も教えたこの子は、不意を突ければあのヨウですら落とせるほどの優秀な暗殺者となっている。これをけしかけておけば、アル・コレオが消えるのも時間の問題。ことが済んでからこの子も消してしまえば、私も先の事を心配せずにヴァイスの冒険者としての生活を続けていける。
あとはこの双子をどうするか。
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