第255話

 魔獣のような腕力と気迫でラセツに迫り、しかしあしらわれて倒れ、起き上がり、またあしらわれるデルタ。

 その繰り返しが不意に途切れた。

 ラセツとさっき目が合ったすぐ後……、つまりは合図があったタイミングで、ということだ。

 

 「……」

 「……」

 

 何度も繰り返し襲い掛かっていたデルタが、起き上がった後に動きを止めたのは、ラセツが目線とごくわずかな仕草だけでフェイントをかけたからだろう。ここまであしらい続けて受けに徹していたラセツがついに反撃にでる。そういう思い込みは、魔法道具の力で凶暴化しているデルタであっても動きを止めさせるだけのものがあったらしい。

 いや、というか、別に凶暴化とかはしていないのかな?

 気迫があったものだから、そう考えたけど、見たところあの指輪型魔法道具で変異したのは片手の手首から先だけ。全身……というか、首から上が変異したなら脳に何か影響がと考えるところだけど。

 そうなると、多分だけど状況に対して怒りとか焦りがあるのと、あの指輪による変異にはそれなりに痛みや苦しさもあるんだろう。それを誤魔化して戦闘に徹するために、凶暴化したと見えるほどの気迫を必要としていた、ってところだろうか。

 

 ……まあ、悠長に考察している状況でもないか。

 

 そんな一瞬の間をおいて、今はデルタを倒して確保することに集中しようと気を取り直した。

 相手の動きに合わせて魔法を使って対応できるように、さっきしたみたいに接近のためには魔法は使わない。

 

 「っ!」

 

 無言のまま静かに、だけど十分な加速で踏み出す。

 たいして広くもない部屋の中、僕の体は一瞬の内にデルタとラセツがにらみ合う中央部へと近づいていく。

 入り口の方では、ヴィオレンツァはきれいな直立姿勢で立っていてやっぱりこっちにはもう何の興味も……、……? ないのかと思っていたけど、改めて見るとこちらをじっと見ているその目はどうでもいいものを見やるようなものではなく、何らかの種類の光を宿しているような気がした。……まあ、それも今はいいか。

 そして入り口付近のもう一人、ルアナは僕に合わせるように前進して同じく中央へと向かっている。僕が白衣の女の残っていた方を抑えたから、後はデルタだけ。ここが決め所と判断しているってことかな。

 

 一瞬の中のさらに一瞬で、室内の状況を把握した訳だけど、その状況というのが次の瞬間に大きく変わることとなった。

 

 「――! ととさま、さがるのじゃ!」

 「ぇ!?」

 

 人より鋭いその歯を剥き出しにするような、普段にはない必死な表情でラセツが叫ぶ。そして間髪入れずに反転して後退――途中にいたルアナも抱えてさがっていった。

 

 ラセツがなぜ急にそんなことを言っているのか、正確なところは僕にはわからない。だけど原因はデルタであることは間違いないだろう。握り込んだ右拳――その指にはめられているくすんだ白色の指輪――を睨みつけるようにしている姿は、確かに何か危険な雰囲気を感じる。

 魔獣である精霊鬼のラセツは、人間とは違う鋭敏な感覚で第六感ともいえる鋭さを発揮することがある。今もそうなのだとしたら、僕が感じた「何か危険」程度のものに潜む無視できない程の何かがあるということだと思う。

 

 なんにせよ、こうまで必死なラセツの警告を無視するという選択肢はない。だからこそ、ここは多少の無茶をしてでも全力の退避だ。

 

 「テラ強化フォルテェ!」

 

 魔法の岩を籠手として両腕にまとう。だけどいつもとは違い、強化のレテラでその魔法的強度を高める。

 

 「ぐぅっ」

 

 圧倒的な硬さを得つつも、高められた魔力でうまく制御しきれていない岩の籠手が両腕を締め付ける痛みに思わず呻いた。僕はマエストロで四文字の魔法を当たり前のように扱える腕前だけど、魔法体術となるとそうもいかない。安定するのは一文字で、二文字となるとできなくはないけど、自分への反動がきてしまう。

 とはいえ今はそうもいっていられない状況だし、以前使った疾風王エアランナーみたいに体内に流す訳じゃないから、これくらいならまだなんとかなる。実際めちゃくちゃ痛い両腕も折れてはいないみたいだし、ね。

 

 「アッチーディアぁぁぁぁあああ!」

 

 おそらくあの指輪型魔法道具の名前と思われる言葉を再び叫び、デルタは体を折って苦しんでいる。意味はわからない行動だけど、ここにきてラセツの感じた危機感が少しわかったような気がした。

 その直感にしたがって、僕は全力でバックステップをしながら高硬度の岩をまとった両腕を持ち上げて防御の構えをとる。

 

 「ぁぁぁあああああぁぁぁああああ!」

 

 叫び続けたままのデルタが既に離れ始めた僕に向かって左腕を振り上げる。魔法が使えるならともかく、詠唱もせずにあんなところから腕を振っても当たるはずもない。

 

 「なんだあれは!」

 

 だけど僕は、デルタの振り上げた左腕――肩から先が全て白肌の異形となったそれを見て、さらに両腕へと力を込めた。

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