第29話

 内心でちょっとだけ心配したりもしつつ、建物の中を進んでいく。玄関すぐは広くなっていておそらくここはカウンターを置いて商品を売っていた部屋だろう。そこの奥には扉があって、そこが倉庫のような場所に繋がっていた。

 

 「これで九人だな」

 

 目線でなぞるようにして、倉庫内の赤い染みがちょうど“八人分”あることを数えたグスタフが、玄関の一人と足して口にした。

 サイラから事前に報告を受けていたのは十人。

 

 「どうだった?」

 

 部屋の中央に立って、赤黒く汚れた両腕を掲げたり下ろしたりしながら満面の笑みで見ていたサイラに、僕は状況を聞いた。

 

 「あ、ご主人様にグスタフ様、サイラってば順調なのよ。でもここのは全部叩くと弾けるだけの木偶だったの」

 

 あくまでもサイラ基準でだけど唯一の戦闘要員は……二階からこっちへ向かってきている気配かな。そいつがたぶん「ペッシオさん」だろう。

 

 「最後のは楽しいといいね」

 「だといいの!」

 

 サイラにとって敵足りえる存在なんてそうそういない。ほとんどは叩くと弾けるか鳴くかするだけの木偶人形にしか認識されない。

 はっきりいってこういう典型的な血に飢えた戦闘狂は、身内に抱えるとリスクが大きい。だけど僕はこのサイラの事も、ただのライラの親族ではなくちゃんと仲間だと思っている。僕の言葉を受けて爛々と輝かせた目にはしっかりと忠誠心も宿っているから……だけではない。結局のところ、こういう暴力に呑まれたタイプの狂人を他人と思えなかったんだろうね。我ながら感傷的だけど。

 

 「くそっ! やりやがったな、てめえら! 俺の手下をこんなにしちまいやがって」

 「ん~」

 

 僕とグスタフが入ってきた売り場部屋側の扉とは逆、おそらく二階への階段があるのであろう方の扉を開けて入ってきた禿頭の男が、部屋内の惨状に顔を歪める。

 禿頭の男――おそらくペッシオは、玄関で見た男と違って薄汚れていない。それどころかそれなりの布質の服だけでなく、きらきらと悪趣味な宝飾品も身につけていることから、こんないい拠点を確保した連中が、そこを足掛かりにした悪事での稼ぎを何に費やしていたかが察せられてうんざりとする。

 顎に指をあてて首を傾げているサイラも微妙な思案顔。ただしあっちは戦闘能力的な意味で期待外れだったからだろう。このペッシオ、どうにもそれなりの魔法使いであるようで、こうしていても中々の魔力を感じる。だけどいざ殺気を向けられて気付いたけど、戦闘経験はさっぱりなんじゃないかと思える。

 予想するに、格下をいたぶるのだけは慣れてる、とかそういう系の下種だ。将来的には僕も“こういうの”をうまく扱わないといけないんだけど……、まあ今はいらない。

 

 「……はぁ」

 

 斜め後ろからほんの微かに息を吐く音が聞こえた。グスタフも僕と同じような評価をペッシオに下したらしい。グスタフはサイラほど露骨ではないけど戦いに喜びを見出すタイプには違いないから、相対して期待外れだと気分も落ちるのだろう。

 

 「もういいの、そんなに楽しくなくてもお仕事ってば、そういうものだとサイラは知っているの」

 

 やけに達観したことを言いながらサイラが気怠そうにペッシオへと体を向ける。さっさと終わらせることにしたらしい。

 

 「はっ! このペッシオ・リーノ様に怖じ気づいたようだな!」

 「あん?」

 

 何を言っている? こいつは……? 思わず変な声を出してしまった。僕はヴァイシャル学園にいってもうまく死亡フラグを回避できるようにと、ひとつの手段として普段から優等生っぽい態度を心掛けてるっていうのに……。

 家名をわざわざ名乗ったあたり、出家させられて路頭に迷ったあげく、元貴族ということに縋るかわいそうな奴ってところだろうけど。

 

 「何を言っているの?」

 「……この手の馬鹿を理解しようとすることは不毛だぞ、サイラ」

 

 素直な疑問を口にしたサイラに、グスタフがド正論を教えている。うん、僕もそう思う。

 

 聞いていても苛つくだけだろうから、さっさとサイラに始末させよう。その後で追い付いてきたライラに掃除の手配をさせて――

 そう、思考を切り替えようとしていたんだけど、ペッシオは僕らが戸惑うのをびびっていると解釈したらしくさらに声を大きくする。

 

 「その小娘を差し出して許しを請おうというのだろう? 浅はかな!」

 

 ああ、小柄なサイラが進み出ようとしたのをそう解釈したのか。

 

 「貴族たる俺が可愛そうな小娘は保護してやるが……」

 

 やっぱり貴族崩れか……。僕とグスタフは共に長子じゃないから、微妙に他人事ではないというか、好色そうな目線でサイラの頭から足までをなぞるペッシオを見て、ああはなるまいとなんとも切ない感情が去来する。

 そして不意を突こうとでもしているのか、ペッシオが重心をつま先へと徐々に乗せていく。

 まあ、魔力はそれなりに多そうとはいえ、ろくに鍛えていなそうなこんなやつの踏み込みなんて、サイラが余裕で割り込んで片をつけるだろう。僕はリラックスしてむしろ体から力を抜いていく。

 

 好きに言え、どうせお前は死ぬんだし。表向きは優等生として死亡フラグを華麗に回避する予定の僕が、優等生らしく広い度量で遺言として最後の一言まで聞き届けてやるよ。

 

 次の瞬間、やはりペッシオは僕に向かって突進を始め、同時に両手を前へと突き出してくる。いるんだよな……、魔力量だけ多くて研鑽を怠った魔法使いって。制御が下手だから有効射程距離が短くなるっていう。

 

 「ひょろっちぃクソガキっ! デカブツを連れて勘違いしてるかあ? この恐るべきトレマギアのペッシオ・リーノ様にかかれば、簡単に血塗れにしてやれるんだよ、てめえみたいな雑魚――」

 

 雑魚って言ったかァ? この禿げ。

 

 リラックスしていた体勢から前に倒れ込むような動きを利用して、急速に一歩踏み込んで彼我の距離をゼロにする。

 グスタフ直伝の体術。予備動作のないこれならサイラよりも先んじて動ける。

 そして、この時にはもう僕は腕を前に、ペッシオのそれと交差するように突き出して禿げ頭を両手でがしっと強く掴んでいる。

 

 「ヴェント! どうだァ? あァ!?」

 「あぎゃっぴっ」

 

 僕の得意とするレテラの単独発動。風でやりやすいのは足元で炸裂させての急加速だけど、手先のごく狭い範囲でなら、切り裂く風を起こすことすらできる。

 といっても本当にごく狭い範囲に、カッターナイフ程度の小傷をつけるのが精々。

 だから、こうして頭をしっかりと掴んで内部に直接叩き込むくらいしか使いどころがない。唯一のメリットとしては目の前で馬鹿がくたばるのを見られるからスッとするってくらいだ。

 

 「ご主人様……」

 

 あ……。ついカッとなった。

 

 「もうっ! サイラのだったのにっ!」

 

 ぽかぽかと可愛らしい動作でそれなりの威力の殴打を繰り出してくるサイラをなだめるのに、僕はこの後小一時間を必要としたのだった。

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