第30話

 サイラはライラちゃんの妹で、ご主人様のメイドなの。

 この前の横取りは酷かったけどご主人様はサイラを好きにさせてくれるし、ライラちゃんはちょっと口うるさいけど仲良し。あと、ご主人様のお友達のグスタフ様も、サイラと思いっきり遊んでくれるからいい人。

 今はご主人様のばいしゃー……う゛ぃしゅる……うぅ~……学園!の準備があるから皆忙しいけど、それでもサイラは毎日が楽しいの。

 こんな日が来るなんて、あの頃は想像もしなかったな~。

 

 サイラってば小さい頃から考えるのは苦手だけど、体を動かすのは得意だったの。駆けっこでも力比べでも近所で一番だった。

 だけど物心がついてすぐの頃に、サイラが“おかしい”ことに気付いちゃった。

 

 台に肘を置いて手を握って、いつもの力比べをしていた時に、お隣のリカルドちゃんの腕が変な方向に曲がっちゃったの。

 必死な顔と裏返った声で喚くリカルドちゃんがおもしろくって笑っていたら、パパとママが大慌てでやってきてすっごく、すっ……ごく怒られたのを、今でもよく覚えてる。だってサイラには何でそんなに怒鳴られてるのかわからなかったから。

 リカルドちゃんの手が痛いから悪いことしたんだよって言われたけど、サイラもパパもママも痛くないのになんであんなに「悪い子」っていわれなくっちゃいけなかったの……。

 

 だけどそれでサイラの“おかしい”がサイラにもわかったの。パパとママの普通がサイラにはわからない、サイラの普通もパパとママにはわからない。

 そしてその頃から、仲が良かったライラちゃんもサイラのことを避けるようになっちゃった。最近になって聞いたら「サイラの力が急激に強くなって怖かった」って教えてくれたけど、ちっちゃいサイラはそんなのわからなかったから、世界にはもう味方がいないって思った。

 

 それから何年もの間は、おうちの奥にあるお部屋で過ごして、パパもママも出てきちゃだめだよって言ったけど……、サイラはもうそれでよかった。だって味方はいないから、それなら暗いお部屋で一人の方が安心だもの。

 

 年数とかはわからないけど、サイラの体が大人に近づき始めてきた頃から、サイラはたまにパパとママからおつかいを頼まれるようになった。リカルドちゃんのことでお仕事がうまくいかなくなっちゃったから、サイラがとるべきせきにんなんだよって言われたけど……、よくわからなかった。

 その時、何年ぶりかに笑ったパパとママの顔を見たけど、サイラも楽しいなって何年ぶりかに思ったの。だっておつかいは体をたくさん動かせたから……、弾けたり鳴いたりする木偶おもちゃでたくさん遊べたから……。

 

 たまにおつかいをするたびに、おうちの中のサイラのお部屋の外側に見慣れないものが増えていく。もうその頃には大きくなったサイラにはその意味くらいはわかったけど、どうでもよかった。

 ただいつの間にかおうちの中から気配がしなくなったライラちゃんが心配だったの。サイラより年上なのに、泣き虫で、気が弱くて、優しいお姉ちゃんが……。

 

 けど……けどね、それは違ったの。何がって? それはね、気が弱いっていうところ。サイラってば、知らなかった。ライラちゃんはあんなに強いんだって。

 

 それを知ったのは、ある日おうちの中が急に騒がしくなった後。サイラのお部屋に入ってきたライラちゃんは、中を見たらわんわん泣き出したの。

 すっごく久しぶりに会えたのに泣き虫はそのままって思っていたら、今度は怒りだして、サイラを連れて外に出るっていうの。パパとママがダメって言うからダメって言ったのに、もっと怒ったライラちゃんとサイラは初めて喧嘩をした。

 

 その後で知ったことだけど、ライラちゃんはご主人様に魔法を教えてもらっていたんだって。賢いライラちゃんはそれでものすっごく強くなってた。おつかいで何度も叩いたことのあった魔法を使う木偶とは違って、サイラでも痛い魔法がいくつも、見えないところから飛んでくるの。

 

 あの日、サイラってば初めてちゃんと“怖い”を知ったの。

 ……それと“暖かい”も。

 

 いっぱい喧嘩した後で、ライラちゃんに連れ出されると、おうちの中にはパパもママもいなかった。おつかいをくれてた人たちと何かあったみたいだけど、あんまり興味もなかったから、詳しい話は覚えていないの。

 

 それからは今日まであっというま。

 ご主人様のメイドになって、ライラちゃんにいっぱい叱られながらお仕事を覚えて、グスタフ様に上手な力の使い方を教わった。

 

 サイラはサイラ。ライラちゃんの妹で、ご主人様のメイド。毎日が楽しくて、幸せなの。

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