第306話

 「よし、ついた」

 

 目の前にあるのは小さな荒れ山。山と言うなら小さいのだけど、実際は大きな丘といった感じで、砂と岩で構成されていて植物はほとんど見られない。

 ここが話に聞いた場所で、魔獣の遠吠えが聞こえるとか……。

 

 「…………」

 

 試しに耳を澄ましてみるけど、何も聞こえてこない。別にその遠吠えが夜に限るとかそういう情報はなかったから、今この昼間に聞こえたとしてもおかしくはないんだけどね。

 ただ少し前にいくつか報告はあるけど、つい最近にはないという話もあったから、今聞こえないのは不思議なことっていう訳でもない。

 

 この件に首を突っ込んだのは、いうまでもなくその遠吠えの主がラセツじゃないかと思ったからだ。僕が成り行きから過去の世界で出会い、親子のような関係性になったラセツは精霊鬼――つまりは魔獣。だからといって遠吠えをあげるというのは安直というか、そんな姿を見た覚えはないんだけど、気になったからには確認せざるをえない。

 ……まあ、その情報によると聞こえた遠吠えっていうのは「ぐぎゃああ」とか「うぐあああ」とか悲鳴にも聞こえる感じで、太く低い声だったという話だ。それならどこかの男が人知れず拷問でもされてた声じゃないかとも思ったんだけど、報告した人は皆口をそろえて人間のものじゃなかったといったらしい。

 低い男のような声って時点で、ラセツではなさそうなんだけど、人のものと思えないと感じさせたという部分がやっぱり無視できなかった。

 おそらくだけど、その遠吠えには魔力がのっていたんだろうね。ただの声にそれだけの魔力を遠くまで届くほどにのせようとすると、人間の魔法使いなら相当に意識してやらないと無理だ。そしてそんな実力と酔狂さを兼ね備えた魔法使いがその辺の荒れ山にいるとも思えない。

 という感じで、その遠吠えがかなりの実力の魔獣であるとは半ば確信している。そうなると、多少おかしな点があったとしても、今の僕としては確認しにくるくらいは当然ということだった。

 

 耳を澄ますのを止めて、再び足を動かす。まあ、なんだとしても行ってみればわかるし、だからここまで来たんだ。

 

 ――ぅぁぁぁぁ

 

 と、何かが聞こえてまた足を止めることになった。細く高く、どこか悲しげな響き。報告されている遠吠えとは随分と違う音だ。

 

 ――ぁぁぁぁぁぁ

 

 また、聞こえた。やっぱり遠吠えみたいな鳴き声じゃなくて、泣き声って感じかな。

 報告とは違う……とはいえ、それで引き返すという選択肢もない。どちらにしても、ここに何があるかを確認しにきたんだから、それをするだけだ。

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