第307話
こっちかな、と見当をつけつつ歩を進める。といっても岩がごろごろとしている上に砂で滑る所も多くて足場が悪い。その上起伏もあって見通しも良くないときては、その歩みもゆっくりとしたものにならざるを得なかった。
――ぁぁぁぁ
また聞こえた……。だけどさっきは荒れ山の方だとはっきり認識できたのに、踏み入った今となってはどちらからなのかがわからない。遠目に見た以上にごつごつとしたこの場所では、音が変な風に反響してしまうみたいだ。
そのせいで右からなのか左からなのか、前からなのか後ろからなのかが認識できず、なんとなく上から聞こえてきたようにも感じてくる。耳……というよりは脳が処理しきれなくて、錯覚としてそう聞こえているだけなんだろうけど。
――ぁぁぁ
だけどふと、雨みたいに空から降ってくる声が、とても悲しいと感じた。
何だ急に、って感じではあるんだけど、そう感じてしまったんだから仕方がない。そしてそうであれば、足元が悪いからってのろのろしている訳にもいかないよね。
足腰に集中的に魔力を行き渡らせて、脚力を強化する。僕は純粋な戦士じゃないから、地を踏み砕きながら走るなんてことはできないけど、これでも十分人間離れした速さが出せる。さすがに風のレテラで空中に自分を打ち上げて探索するのは自重した。変に目立つことをして僕の存在を周知する訳にはいかないからね。ここが街の外で人気のない場所であっても最低限の警戒は怠れなかった。
なら、現時点では正体不明の声に接近するのに全速力で走るなよっていうことになるんだけど、そこはまあ堂々巡りだ。ちょっと後ろめたいような気持ちもありつつ、やっぱりこの声を放ってだらだらとは歩けない。
「どこだっ!」
遠吠えが低い声だったと聞いた時にはラセツではないと思ったものだけど、今となってはここにあの子がいるとほぼ確信して走っている。仲間と認めた相手はいくら僕だって大事にはするけど、ラセツの場合は向こうが「ととさま」と慕ってくるものだから、どうにも僕の中にも知らずに庇護欲のようなものは芽生えていたらしい。
なら、一年間も放置するなよって話だけど、ラセツの方も怒っているかもなぁ。
「ぁぁぁああ……ぁあ…………ぁ?」
そんな風に困った様な懐かしい様な気持ちになりながら駆けまわっていると、荒れ山の頂点付近、窪みになっているような場所でうずくまっている白い塊を見つけた。
そして向こうも僕に気付くと声を上げるのを止めて顔を上げる。その動きで体を覆っていた白くて長い髪が流れて、随分と汚れた和服風の服や、褐色の肌も見えるようになった。
なにより、額にある黒い角、近くで見れば先端がわずかに欠けていることを知っているそれが、彼女が魔獣・精霊鬼であり、ラセツであることを示している。
「どどざま゛あ゛!」
「おっと」
顔だけ上げて座り込んでいたはずなのに、次の瞬間にはラセツは僕の胸の中にいて、その血のように赤い瞳でこちらを見上げていた。とはいえ、涙と鼻水で顔はべたべたで、さっきまではどこか切ない泣き声を上げていたのと同じ存在だとは思えなかった。
……だけど、僕はどうにもほっとしている。やっぱり精霊鬼だし、僕が置いていったのも事実だから、怒り狂って暴れるようならしばらく相手をしてやらないといけないと思っていた。
「ぅぅうう……」
「……」
だけど、さっき飛び込んできた時も、今背中に回されている腕も、これだけ取り乱しているというのに僕を傷付けることはないようだった。
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