第173話

 といいますか、気配ってなんですか……? その様なことを思えども、口にするよりも前に状況は動きます。

 敵襲……つまり敵が襲い掛かってきたのでした。

 敵なんて縁のない生活を送ってきた僕ですが、確かにあれは敵です。必要以上に攻撃的な服装も、ギラギラとした目も、手にした凶器も、どれも友好とはかけ離れています。

 

 「デルタファミリーに喧嘩を売って、無事で済むと思うなよ!」

 

 敵の中でもひと際大きな体格の男がそう叫んで威嚇しながら駆けてきます。その先はグスタフ君――ぱっと見で彼を最大の脅威と判断したようです。

 脅威というより、この中で戦えるのが戦闘・戦術科でも名を馳せる彼くらいしかいないかもしれませんが……。

 

 「死ねや、ガキィ!」

 「ふん!」

 

 振りかぶった手斧を叩きつけられますが、グスタフ君はそれを分厚い剣身のロングソードでただ鬱陶しそうに打ち払ってしまいました。科は違えども同じ学生とはとても思えない堂々とした戦いぶり。名高いシェイザの血統というのは、噂に聞くよりも遥かに頼もしいと感じました。

 

 「おらぁ!」

 「ひひゃはっ」

 「行くぞ、行くぞ?」

 「役得だぁ!」

 

 しかしそもそも敵は複数。グスタフ君の相手より後ろには何人も控えさせておいてなお、四人の男達が怖ろしい形相でこちらへ迫ってきます。

 

 「ライラさんは、あちらへの対処をお願いします」

 「承知いたしました。後ろにはサイラも付けていますので、気にしなくて大丈夫ですよ」

 

 ルアナさんとライラさんは平然とした様子でやり取りをしています。「あちら」と言った時にルアナさんはグスタフ君より向こう側の人達を見ていたようですが、あんな複数の怖い人を指して何をどう任せるというのでしょうか。

 あと気にしなくてと言われましても僕もサイラさんも戦うなんて縁のない人間なので、気にして欲しくはあるのですが……。

 そもそもルアナさんは確かに雰囲気こそ言葉にできない迫力を備えた人ですが、それと直接的な暴力とはまた別の――

 

 「がっ」「ぐぅ」「なぁ!?」「う!」

 

 ――話ではなかったようです。ほんの一瞬。四人の敵がルアナさんまで辿り着いたと思ったその瞬間には、四人ともが地面に転がっていました。起き上がってもこず、意識が完全になくなっているようです。

 何をしたか、何が起こったか、まるで視認できませんでしたが、状況からするとルアナさんがそれをしたということなのでしょう。

 

 「話なら他から聞けそうだからな、お前はいらない」

 「ぐ、が、がぁ……」

 

 それで僕自身どこかほっとしたのでしょうか。ふと視界が広がると、前方ではグスタフ君の手にしたロングソードは赤く染まり、その足元では胴を袈裟斬りにされた大柄な男が口から血泡を吹いて倒れていました。その傷は致命傷であったようで、すぐに大柄な男は目を見開いたままで動かなくなります。

 

 「……え?」

 

 シェイザという名のある貴族の出であるとはいえ、同じ学生が裏社会の人間に無傷であっさりと勝利していることに驚いた。自分の知っている人物が、襲ってきた敵であるとはいえ人を殺して平然としていることに慄いた。

 僕の感情はどちらだったのでしょうか? わかりませんが、ただ震えて動くことも言葉を発することもできなくなりました。

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