第138話

 ユーカの腹を蹴り飛ばした時は息が吐き出されて苦しそうにしていた。顔を焼き殴った時はもっと直接的に「熱い」と言っていた。

 いずれもすぐにあのぶつぶつと呟く状態になって、ダメージも見えなかったけど、多少のダメージとあと苦しさみたいなものは感じていたはずだ。

 

 そうなるとあれかな。体を破壊して動けなくするよりも、心を折って抵抗する気をなくす方が手っ取り早そうだ。

 

 「言うは易し……だけど、やってやれないこともない、かな」

 

 学生としてのユーカはそこそこの上位だったようだけど、正直僕の印象には残っていない。上位とはいっても僕やグスタフに脅威を感じさせるほどではないし、思わず目をひくような特異な技能を持っているということでもなかったということだ。

 それがどういう訳だか片腕をなくした通り魔となって、あの爪で斬りかかる猛々しい戦闘スタイルで実戦を重ねたことで、今では若手冒険者を襲えるほどに成長している。

 だけど、このユーカは歪な急成長を始めたばかり、というところ。元々の実力があまりにも乖離していた僕には、まだ全く届いていない。だからこそ、理不尽にも感じられる特殊能力を持っているからといっても、何とかなるように思えた。

 

 「解析インダガーレ滞留スタレ

 「すこ――? ない? ……こ、ない」

 

 僕の詠唱に反応して消滅魔法を準備しかけたユーカが首を傾げる。だけど何も飛んでこないのも当たり前、僕がしたのはただの下準備。

 

 「っ! ぃぃぃぃぃぃ!」

 

 攻撃ではなかったことを認識するやいなや、ユーカは高速で横っ飛び、それで僕の視界から外れたと確信して、こちらの左側面へと向かって突撃してくる。

 いくら魔力で身体能力を強化しているからといって、ありえないような予備動作の小ささからの突然の動き出し。それは足を自己破壊したとしてもどうせ治るという考えからの、無茶としか言い表しようのない体捌き。強力な特殊能力と狂った思考が合わさって成立した、なかなかに恐ろしい動きだ。

 

 「ヴルカ滞留スタレ!」

 「道が……ないっ! ……ない」

 

 だけど僕は振り向きもせずに左側に炎の壁を魔法で出現させ、それに驚いたユーカはまたも無茶な挙動で跳び退って戻っていった。

 全力で走り込んでいる最中の突発的な方向転換。これも絶対に足の筋を痛める――いや切れてもおかしくない――ような人外一歩手前な動きだった。

 

 「血をみせてっ!」

 「ヴェント放出パルティ

 「っ! ない……近づけ、ない……」

 

 今度もまた突然視界から外れるように動いたユーカに対して、また見もせずに風の刃を飛ばした。そしてこれもまた、無茶な動きで急制動をかけて離れていったユーカは、焦れたようにつま先で地面を何度も蹴っている。

 

 特殊能力を当てにした、“人間らしくない”動き。突然されると目が慣れていないうえに予想もつかないから、確かに厄介だ。だけど残念ながら僕が先に仕掛けた解析のレテラでの索敵空間とは相性が悪いようだね。予想によって無駄なく動くタイプの相手にはかなり効くだろうけど、これを展開した僕は単純に視て反応している。急に動こうが横に回り込もうが、動きだけで意表を突くということは絶対に不可能なんだよね。

 ……さて、という訳で今度は僕が反撃する番、かな。

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