第139話

 といっても、ここまで準備を整えてしまえば特別な攻撃なんてもう必要ない。

 

 「ないっ……ない……っ!」

 

 懲りずにまわりこみつつ突進してくるユーカ。今度は魔法で迎撃しなかったから、ここぞとばかりにこれまでで最速の踏み込みを披露してくる。

 まあ二回連続で完璧に進路を塞がれた後だ、ここぞとばかりにって気持ちにはなるよね。いかにも血気盛んで迂闊さも目立っていたユーカらしいともいえる。

 

 「うらっ!」

 「あべぁ」

 

 そこへ振り向きの捻りも加えた全力のストレートで迎撃した。鼻骨が砕ける手応えはあったけど、普通なら頭蓋骨まで割れてもおかしくないほどの完璧なカウンターパンチ。今回も僕の手には砂袋を殴ったような感触だけど……。

 

 「……ぁ……ぅぁ…………」

 

 地面を滑っていったユーカの顔には既に傷も痣もない。だけどさしもの特殊能力でも、揺らされた頭はくらくらとしている様子だ。

 

 追撃しないという選択肢はない。ここにきて情けをかける気持ちもない。

 ということで、今度はこっちから踏み込んで、もたつきながら起き上がろうとしているユーカとの距離をつめていく。

 

 「ぁ、ぁあ、あああああっ!」

 

 こちらの動きを見たユーカは甲高い叫び声を上げながら、がばっと立ち上がる。相変わらず無理のある奇怪な動きだけど、余裕はなさそうに見える。つまりさっき頭を殴ったのがかなり効いているようで、脚に力が入っていない。

 

 「ないっ、ないのっ! 手が!」

 

 相も変わらず同じようなよくわからないことを言いながら爪を振り回してくる。本人も言っているように片腕がないユーカだけど、実戦を経たからか動きにバランスを欠くような様子はない。焦って駄々っ子のように振り回している今でさえ、無防備に当たれば致命傷を受けるであろう鋭い風切り音が聞こえてくる。

 

 「さすがに当たる訳がないけどね」

 

 さっきまでよりもやや大振りで無駄の多い動きで、しかも僕の展開した解析空間はまだ有効だ。魔力的な感覚で視えている軌道を足は止めないまま丁寧に避けて近づき、一瞬で僕の手も届く距離となる。

 

 「ぁ、ぁ……」

 

 ユーカの顔がはっきりと見える。青みがかった黒髪はぼさぼさで、皮膚は汚れに塗れているけど、その相貌は僕の知るものと変わりなかった。ただ、その表情が、以前とは見違える。正義を信奉していたユーカの表情は、僕にとっては好ましいものじゃなかったけど、その色味は今は狂気や攻撃性に塗りつぶされていた。

 

 「う、らぁっ!」

 「ぁがあ」

 

 そんな戦闘に関係のない思考とは関係なく、僕の右手はそのユーカの顔を掴み、勢いを弱めることなく後頭部から地面へと叩きつけた。

 

 防御力を高め、回復力まで発揮するこの特殊能力は厄介だ。とはいえ殺すだけなら簡単。少なくとも今のユーカの実力は僕に遠く及ばないから、原形をとどめないほどに破壊することはできる。

 だけど双子との繋がりとか、その片方のニスタが口にした「お師匠様」についてとか、あとなぜ通り魔をしていたのかも、聞きたいことがあるから生かして捕まえたい。そうなると抵抗できないようにうまく弱らせる必要があるけど、それには体を傷付けるやり方は致命的に相性が悪い。

 だからやっぱり、心の方だ。ということで……。

 

 「ヴルカ! ヴルカ! ヴルカ! ヴルカ! ――」

 

 地面に叩きつけた手でユーカの顔を掴んだまま、火のレテラを一文字魔法で発動させる。まだちょっと未熟な僕が爆発でこれをやると自分の手も傷付けてしまうから、魔法の火をただ手の平で出現させているだけ。

 そうして魔法の火が広場の隅を照らしていた。何度も、何度も、何度も、この子の狂った心が折れるまで――。

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