第137話

 確かにあれだけまともに蹴りが入ったのに、相手の体を壊す感覚がなかった。それこそ砂袋でも蹴るかのような……。

 ユーカがまとっているぼろ布みたいな服の隙間からちらちらと見えているのは素肌で、何か防具を身につけているという風でもない。

 

 「テラ

 「どうしてっ……血が……ないのっ!」

 「……ヴェント!」

 「っ!?」

 

 血を求めて鋭い爪を振り回してくるユーカ。それを魔法でまとわせた岩の籠手で防いでいると、ユーカは露骨に苛つきをみせた。で、そこを狙って予備動作なしで、自分の足元に風の小爆発を発生させて、それを踏み台にして横へと短距離だけ移動する。

 子供の頃からよく使っていた風の魔法を利用した予備動作なしの高速移動だけど、一文字魔法でもうまく制御できるようになってきた今では、こんな風にほんの一歩か二歩分を瞬時移動できるまでになっていた。

 そしてそれは見事に、ユーカの意表を突くことができたようだ。今も真横にいる僕ではなく、ついさっきまで“僕がいたはずの方向”へと目が向いている。

 

 もちろん、短距離の高速移動で相手の視界から外れることで見失わせたからといって、完全にどこにいるのかわからなくなるなんてことはありえない。なにせ、すぐ横にはいるんだから。

 だけど近接戦闘中のその“一瞬”は致命的な隙となる。

 

 「ヴルカぁ!」

 

 火をまとった拳で、その横っ面を焼き殴った。

 

 「あづゅぅぅぅぃ!」

 

 衝撃が効かないなら、表面――肌を焼く。拳の方には顔面も胴体と同じく砂袋のような手応えしかなかった。けど、火の方はしばらく見ない内にすっかりと汚れたユーカの顔を間違いなく負傷させたはず。

 

 「……ぁ、あうぅぅ……。……ない……ない……」

 「これも、ライラの報告通りか」

 

 だけど殴り飛ばされて転がったユーカは、動きを止めることなくすぐにむくりと起き上がった。

 

 ユーカは痛みは感じている様子を見せるけど、その動きにぎこちない所はない。というか、その顔は相変わらず汚れているだけのそれで、火傷の跡などついていない。

 特殊能力は防御力か回復力だと見当をつけていたけど、まさかその両方とはね。まるでゾンビでも相手にしている気分だよこれじゃあ。

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