第44話

  サティが怯んでいるうちに、僕は跳び退って距離をとった。

 

 「ひひっ」

 

 いや、へらへらとしているし、あれは怯んだフリであって、お手並み拝見とでもいうつもりなんだろう。

 ……いいさ、余裕をみせるのであれば、付け込んでやるまでだ。

 

 「解析インダガーレ滞留スタレ

 「ん?」

 

 レテラはそれを習得できる素養のある人間でないと、読んだり聞いたりと認識することができない。サティは魔法使いですらないはずだから、今僕がしたことをそもそもわかっていないだろう。

 普通は放出で広範囲レーダーとして使う解析のレテラを滞留させて展開することで、この狭い空間で情報を掌握した、ということを。

 

 「なんだ……? ま、いっか」

 

 攻撃が来ないことに不思議そうにしたサティは、首を傾げてから足元に落ちていたナイフを拾い上げた。さっき自分の懐から取り出していたやつだな。

 

 「おらよっ!」

 「ふん」

 

 そしてせっかく拾った獲物をサティは無造作に投げつけてくる。かなりの速度で飛んでくるナイフだけど、見え見えのモーションで放られたものになんて当たる訳がない。これ見よがしに余裕の態度で避けてやる。

 そして間髪入れずに反撃の態勢をとる。

 

 「ヴェント放出パルティっ!」

 

 さっき僕が避けたナイフの軌跡を逆に辿るように、薄緑に発光する風の刃がサティに迫る。

 

 「おっとっとぉ!」

 

 魔法使いではない人間には、魔法が放つ光も視認しづらいはずなのに、大げさでふざけた動作でくるりと回ってサティは風の刃をかわしてしまう。

 そして――

 

 「で、なんとびっくり!?」

 

 ――一回転したサティの右手にはさっき僕の横を通り過ぎていったはずのナイフが握られている。それが回転の勢いで再び投擲された。

 獲物を手放すというサティがとった悪手に対してすかさず放った僕の反撃。だがそれを目くらましにするかのように、既にないと思いこまされていたナイフを再び放つ。そんな完璧な不意打ち――とでも考えているんだろうな、あのへらへら野郎は。

 

 「甘いよ……ヴェント放出パルティ!」

 

 今度も余裕を持ってナイフをかわした僕は、サティの手元へ向けて魔法を放った。

 

 「うわっちゃっちゃ」

 

 慌てたサティは大きく手を引いて“糸”を切られないようにして、それで大きく体勢を崩した。

 そう、投げたはずのナイフが再び奴の手の中にあった理由。それはナイフが見えにくい細い糸で手と繋がれていて、うまく僕の死角にある時に引き戻していたからだ。単純で手品じみた手段だけど、高い練度で自然に行われるトリックは、特に初見だと致命的だ。

 

 けど、僕が口に出していったように……甘い。

 先手を取って動いたのは僕だ。あの時に展開しておいた解析の魔法空間のおかげで、僕にはここで起きていることは、視界外でも把握できている。それこそ三人称視点のゲームでもしているように、僕の脳内では認識している。

 テレビゲームのないこの世界の人間にはぴんとこない概念かもしれないけど、これは圧倒的な強みだ。この魔法的な三人称視点を展開している間は、僕に不意打ちは一切通用しないのだから。

 

 そして実戦においては、いかにして自分を有利にして、相手を不利にするか……それが重要だ。つまり、相手の姿勢が崩れているからといって安易に攻め込まず、勝てると確信するまでは搦め手を徹底するのが基本。

 

 「ブイオ滞留スタレ

 

 余裕があったからこそしっかりと二文字の魔法。瞬時に体勢を整え直していたサティの全身をすっぽりと覆う程の闇の塊を出現させる。

 

 「お?」

 

 間抜けな声だがさすがに場数が違うか。解析の魔法空間では、素早く上半身を動かして闇から出ようと試みつつ、ナイフを持った腕で防御態勢をとって不意打ちに備えるサティの姿を捉えている。

 

 けど違うんだよ、叔父上?

 闇を張ったのは不意打ちを当てるためじゃない。防御できないような大きな一撃を安全に放つ隙をつくるためだよ。

 

 「ヴルカ放出パルティ強化フォルテ強化フォルテェ!」

 

 放出範囲はこのホール内をちょうど満たすくらい。後は強化のレテラによる効果を悉く威力――この場合は温度――へと注いだ火の魔法だ。

 威力特化過ぎて制御が甘くなるせいで狭い範囲を狙いすますには向かない上に、発動までやや溜めの時間が掛かって実戦的とは言い難いけど……、狙い定めた空間を焼き尽くす白い炎。ゲーム『学園都市ヴァイス』でもこの世界でも、四文字級の魔法には技名がつけられることに倣って、僕はオリジナルのこの魔法に焼灼する白ブレイジングホワイトと名付けた。

 ……アニメの必殺技みたいで、いかにも子供じみた行為だと感じたけど、実際にイメージを固めることは魔法において意味があることだ。

 

 そう、魔獣にしか放ったことのない魔法だったけど、この白い炎は文字通りの必殺技だ。だから――

 

 「いやあ、おっかねぇガキだよ、本当に」

 

 ――白く塗りつぶされている目前の空間からその声がした時には、極高温にさらされるこの部屋にあって、背筋が凍るような思いがした。

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