第43話

 「まあ、親愛なる我が甥っ子は知っていることだけど……、これちゃんとやっとかねぇと怖ぇ人たちに怒られっからな」

 

 僕に対してどっちが“上”かを思い知らせるのは十分だと感じたのか、サティの雰囲気が変わる。ずっとへらへらとしていた口元はまっすぐに引き結ばれて真顔になり、背筋を伸ばして真っ直ぐにこちらを睨み据えてくる。

 ただそれだけのこと。それでさっきまでの何もかもが嘘みたいな軽薄な男は、まるで王族や上位貴族みたいな厳粛な迫力を滲ませる。

 ……これがこの国の裏社会を仕切ってきたドン・パラディか。

 

 「アル……、お前を俺様の後継者として正式に指名し、この瞬間をもってパラディファミリーの相談役とする」

 「………………は?」

 「そぉう、そう! そういうガキらしい間抜けっ面を見たかったんだな、俺様は。パラディファミリーのことは色々知っても、自分がまさかいきなり後継者にされるとは思わなかったろ? ひひひっ」

 

 僕の驚いた顔を見てサティはつい先ほどまでの雰囲気を消して下卑た笑いを聞かせてくるが……、こちらは頭が真っ白になっている。

 

 後継者として指名……?

 相談役……?

 

 ゲーム『学園都市ヴァイス』だと、十五歳になってヴァイシャル学園に入学した『アル・コレオ』はすぐにパラディファミリーを受け継がされてドン・パラディとなる。そうして叩き落とされた裏社会で摩耗していくことになるんだ。

 だから、それを想定して僕は準備を進めてきた。

 

 大筋は変わっていない。そもそもコレオ家の次世代の人間はマイクと僕だけ。そしてマイクは表の家を継ぐ訳だから、僕がパラディファミリーを継ぐしかない。ここを変えればサティが自分で言ったように「怖い人たちに怒られる」。

 なのに……なのにすぐには継がせずに相談役? ゲームでは『アル・コレオ』はそんな役職になっていた時期はないはずだ。お飾りではあっても十五歳時点で頭領となっていた。

 

 「ま、本当はすぐにでも甥っ子君を頭領ドンに据えなきゃならんけど……」

 

 混乱をきたして僕が黙り込んでいると、サティが機嫌良さそうに語り始める。

 

 「色々やりだしたもんだから探ってみりゃ、なかなか優秀だったときた日にゃあ驚いたぜぇ。そんな甥っ子君にすんなりと継がせたりしたら……ほら、あれだろ? 俺様が若ぇのに追い出されたみたいじゃんか? それはシャクってもんだからお前ほら、ちょいっといじめることにしたわ」

 

 サティの口が今日一番の角度で弧を描く。ピエロのメイクを想起させるような、満面の笑みなのにうすら寒い、そんな表情だ。

 

 「ビビッて黙っちゃったとこ、悪いけど甥っ子君? まずはこのドン・パラディの杯を受け取ってもらおうか」

 

 パラディファミリーでも今はやっていないはずの古いしきたり。それが親子の杯だ。新しく入った構成員がドンの血を落とした杯を呷る……、それで血を分けた親子関係とする。

 こいつはそういうのが、僕に対して最高に屈辱的だと……顔を合わせて直感で見抜いたらしい。

 そうだよ、クソ野郎。血と痛み……それは自らの意思で進んでこそ意味を持つ。強制して味わわされるのなんてまっぴらだ。

 

 ……想定が甘かったことを認めないといけない。

 僕はゲーム『学園都市ヴァイス』の知識を利用して立ち回り、魔法使いとして最高位であるマエストロの実力を身につけたばかりか、本来秘匿されているレテラまで会得した。そしてグスタフを虐げてガキ大将を気取るのではなくちゃんと向き合って信頼できる相棒となり、忠誠を捧げてくれるライラとサイラも得た。

 つまりゲームと同じ世界にあってゲームのシナリオを捻じ曲げることに成功してきた。その曲がり方が……自分にとって不都合な方へ向かうことを、考えていなかった。

 

 僕のとってきた行動の結果、サティこの狂人は考えを改めて、僕の知らない行動をとってきた。「ちょっといじめる」だって? 今僕に向けてきているこいつの目はそんなんじゃない。僕はこれを知っている。前世では散々と向けたことも向けられたこともあるものだからだ。

 ……これは、おもちゃの手足をどの順番でもぎ取って壊すのが一番楽しいかを吟味している時の目だ。

 

 …………このまま、大人しく言う事を聞くと思っているのなら、後悔させてやるよ。

 

 「誰が、んな汚ねぇもんに口付けるかァ!」

 

 僕の怒鳴り声に反応して、懐から取り出したナイフをテーブルの上に用意してあったグラスの上で指にあてようとしていたサティが顔を上げる。

 

 「ひひっ。おもし――」

 

 誰がわざわざお前の話なんか最後まで聞くかよ。

 

 「ヴェントォ!」

 

 二人の間にあったしっかりとした木造りのテーブル。その下で風の塊が爆発する。

 僕が得意とする単独のレテラ発動。その圧倒的なスピードは、達人であっても容易には反応できないとグスタフからも太鼓判を押されている。それが不意打ちであれば尚更だ。

 

 「うおおぅ!」

 

 テーブルは真上に吹っ飛び、僕が狙った通り上にあった食器やフォーク、ナイフなんかがサティへと降り注いだ。食事する気もないくせに、格好つけてテーブルのセッティングなんかしているからこうなるんだよ!

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