第42話

 「こちらです。ここからはアル様お一人でどうぞ」

 

 ヴィオレンツァは大柄な体で丁寧に礼をして、立ち去っていった。

 一人で置いていかれた僕の目の前には、洒落た雰囲気のレストラン。大通りからは外れた路地にある、いわゆる隠れ家的な雰囲気の店ではあるけど、周囲に人影はなく、中からも殆ど気配がしない。

 

 そして中からしていた唯一の気配は……、店に入るとすぐに確認できた。普段はそれなりに席が用意されているのであろうホールには、今はテーブルは一つだけ。席は向かい合って二つ用意されていて、その片方――入った側から見て奥側――にそいつはふんぞり返って座っていた。

 

 「おぉう、急に呼び出して悪かったな、甥っ子」

 

 軽薄――それが率直な印象だ。洒落ているけど今一つ品がない、スーツを着崩した姿はそんな見た目で、彫りが深くて若々しい顔は口だけ笑んでいる。撫でつけられたくすんだ金色の髪に、良く整えられた口まわりの髭も、構成する全てが嘘くさい。といえばいいんだろうか。

 

 「あの……、甥っ子とはなんでしょうか?」

 

 バレてそうだけど、一応何も知らない風に戸惑っておく。

 

 「いや、そういうのイイから。知ってんでしょ? 俺様がサティだっていうの。色々とあのメイドちゃんに探らせてたんだしさ。情報はそれなりに掴ませてやっといたんだから、感謝してよぉ?」

 「ちっ」

 

 上から目線で手の平の上だったとチラつかせてくる態度が頭にきて、つい舌を打ってしまった。いけない、いけない、簡単に感情的になってもいいことはないんだから。

 なるほど、予想通りではあるけど、僕らが少数精鋭のアル軍団を構成して行動していたのはやっぱりお見通し……どころか、それとなくパラディファミリーが後ろ盾になっていたという可能性まであるな。

 

 「あと、そっちのネコ被りもいらないから。早く座んなって、ほら」

 「なっ!?」

 

 貴族が入るような飲食店だと、椅子はホールスタッフに引いてもらって座るものだ。だから世間知らずな貴族子弟っぽく、いつまでも突っ立ってちらちらと目線をホールの奥に彷徨わせたりしていたんだけど……、「そっちのネコ被り」って言ったか?

 小規模とはいえ組織的に動いていたこと、そしてその結果僕がある程度のことを既に知っていることが知られているのは予想の範疇だ。だけど僕自身の能力については、学園で知られている程度のことしか表に出していないはずだった。

 

 この言い方はつまり、この建物に“店員”なんていないことを、僕が気付いているということも、知っているってことだ。僕は単にマエストロで、魔法の制御にも長けているってことくらいしか見せてこなかったはずなのに。

 

 「解析のレテラだっけか? それの使い手は周囲の気配とかある程度の強さがわかるんだってな? すげぇもんだよ、まだガキなのに」

 「博識ですね」

 

 精一杯冷静なフリをしながら、自分で椅子を引いて席に着く。目線の高さが揃ったことで、初めてまっすぐと顔を合わすことになった。

 

 解析のレテラ――属性でも制御でもない特殊に分類されるレテラで、放出と組み合わせればレーダーみたいな魔法が使えるようになる。この十一番目のレテラは単に珍しい光や闇とは違って秘匿されているもので、習得している魔法使いは国に仕えるごく一部、とされている。

 こういう能力は暗殺向きだから、過去の王族がそういう対応をとったのはまあわかる。そして僕としてはゲーム『学園都市ヴァイス』の知識があったから、この五年の間に国も把握していない遺跡を探索して習得することができたのも、そうおかしなことじゃない。

 問題は僕がその解析のレテラを習得していることを、なぜこいつが知っているのか、だ。カマを掛けられたって雰囲気でもなかったから、せめて想定内みたいなしたり顔で受け流しておいたけど、内心は動揺しまくっている。

 

 「ははっ! さすがに表情かおにでてんぞ、甥っ子? まあそんな難しい話じゃねぇよ。俺様には側近のインガンノがいるからな。あいつに聞いたことがあんだよ、解析のレテラを使いこなせる魔法使いは、魔法を発動していなくても多少は気配をさぐれるってな。で、甥っ子君をちょっと観察させた感じ、“使える”ってことで間違いねぇってさ」

 「くっ」

 

 見透かされていたッ!

 いや、それよりも、だ。この言い方だと、あのインガンノも解析のレテラを使えるってことみたいだ。考えてみればパラディファミリーは国にも繋がりのある裏組織だ、そういうことがあってもおかしくなかったか。

 今さらながらに、ここまで信頼しかしていなかった仲間たちの現状がほんの少し心配になる。同格の側近であるヴィオレンツァにしても、想像を一段か二段超える使い手かもしれない。

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