第18話

 「グスタフ君は剣での実戦想定……であっているね?」

 「ええ、間違いありません」

 

 額にわずかに汗を浮かべた教員が、視線を上げて確認する。ここまで数人の相手をして息ひとつきらさなかったあの教員が相対しただけで冷や汗をかく様子に、ざわつきはさらに大きくなった。

 

 「……」

 

 さっきのキサラギ先輩は、相変わらずこっちをちらちら窺っているようだけど……無視でいいか。

 ちなみに庶民には家名はないけど、貴族であっても当主以外は名前呼びが一般的だ。あの教員は庶民っぽいけど……、“君”付けなのはわざとだとゲーム『学園都市ヴァイス』のロード画面にあったTIPSで見た。

 つまりはこういうことだ――「様をつけろ!」なんてキレ方をするような奴は、貴族であっても学園にいらん、と。教育のリソースが潤沢な貴族は優秀な人間が実際多いけど、勘違いしたバカもまた多いのは前世と変わらない。

 

 ………………そのバカの代表がゲームでの『アル・コレオ』だって思った奴、出て来いよ。相手になってやるよ? いや、僕は虚空に向かって何を言っているんだ……。

 

 「うおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 「っ!?」

 

 地を震わせる大音声で意識が引き戻された。そうだ、そうだ、グスタフの方に集中しないと。楽しみにしてたんだった。

 “シェイザの絶叫”――それは鬼の一族が戦いを始める合図であり、対する相手への敵対宣告。己を奮い立たせると同時に、物理的な圧を伴うほどの声量で威嚇するものでもあるけど……、シェイザの名を知っていればその威圧効果は絶大なものとなる。

 さっきまでは緊張していたグスタフなのに、今や木剣を握る手に明らかに力が入り過ぎているのは教員の方だしね。

 

 「ふんぬっ!」

 「ぐうぅ」

 

 たった一歩で間を詰めたグスタフが大上段から木剣を振り下ろし、教員はそれをうまく受け流す。あ、勝負が決まったな。

 シェイザの初太刀は怖ろしい。だけど、あれは立ち向かって受け止めないといけない。何故なら……

 

 「ぬぇい! えぇい! いぃやっ!」

 「ぐあっ、あぐぅ、うぅぅ」

 

 シェイザの剣術は全力を込めて振るわれる。そしてその勢いを利用して体を捻り、回転させ、さらに威力の高い次撃を放ってくる。

 受け流してしまうとどんどんと勢いを増して……、人間竜巻とでもいうような様相を呈してくるという訳だ。

 

 「さすがだ、グスタフ。そのまま決めてしまえ!」

 「っ!」

 

 相棒として声援を送ると、激しく剣を振るっているグスタフの頬が息切れとは違う若干の赤みを帯びる。その厳つさでこの初心さはグスタフらしいっちゃあらしいけど……。いや、集中しろよ。

 

 とはいえ、やはりこの目でみると感動ものだ。

 前世で大好きだったゲーム『学園都市ヴァイス』でも屈指の名ムービー。主人公がグスタフと入学後の初対面時に試験でのことを回想する、という形でプレイヤーに披露される豪快な剣技だ。

 

 とはいえ、勝負自体は初太刀の時点でついていた。

 

 「づあぁ!」

 「あぐぅ!」

 

 なんとか激しい連撃を受け流し続けていた教員だったけど、威力を増し続けるグスタフの攻撃に手が痺れたようで、ついに木剣を取り落とす。

 攻撃で弾いたのではなくて、今も受け流したあとで、ぽろっとこぼすように落としたところが、逆にグスタフの攻撃の苛烈さを物語っていた。

 

 「そ、そこまでっ!」

 「……ふっ、ふっ、ふううぅぅ…………手合わせ、ありがとうございました」

 

 木剣が落ちた時点で明らかに回転の勢いを弱めていたグスタフだったけど、教員の方もすぐさま終了宣言をする。ここで採点は発表されないけど、グスタフの実力試験が高得点であることはここにいる者なら誰も疑わないだろう。

 何せ、途中までなぜか僕の方を気にしていたキサラギ先輩も、今はグスタフへ向けて惜しみなく拍手をしているくらいだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る