第237話
自由奔放で気まぐれ。そんな行動をとって去っていったインガンノの姿は、角を曲がっていったからすぐに見えなくなった。
それともあの行動も撹乱の一種かなにかで、こうやって苛立ったり悩んだりしていることも、向こうの策略のうちだったりとか……。
なんて、考え込むだけ無駄だろうから、一旦あのとぼけた口調の女のことは気にしないことにしよう。
そしてそうなると目の前に残るのが大女の方――ヴィオレンツァだ。
いっそのこと、こっちも連れてどっかに行ってくれたらよかったのにとは思うけど、そうそう都合良くはいかないもの。こいつがパラディファミリーの幹部である以上は、軽々しく無視する訳にもいかない。
「それで結局……何の用で来たんだ?」
僕も背は高い方なんだけど、このヴィオレンツァの顔はさらに高い場所にある。だからどうしても見上げるような形になってしまうから、せめて胸を張って抑えた声で言うようにした。見栄といってしまえばしょうもないことに聞こえるけど、舐められないようにすることは大事だ。
「インガンノが失礼をしました。それで用件ですが、私達……は、パラディファミリーの傘下たるヤマキ一家の助勢に来ました」
しれっと仕切り直そうとしたヴィオレンツァだけど、「私達が助勢に来た」って言おうとして、一瞬だけ口ごもったな。まあインガンノが突然どこかへ行ってしまったのは、少なくともこのヴィオレンツァにとっても意外な行動だったってことか。
パラディファミリーはヤマキ一家の上部組織な訳だから、苦労しているとみて手助けするのはおかしい事ではない。というより、そういうことをすることで、上部組織としての力と度量を見せておくことが関係を維持するためにも必要だ。
やっぱりこのヴァイスでの出来事も把握しているのかとか、手助けに幹部が二人とか明らかに過剰戦力だろうとか、言いたいことや気になることはあるものの……まあ突然こいつらがここまで来た理由については一旦わかった。
「ちょうどこれから……ですよね?」
ヴィオレンツァは一見すると落ち着いて上品な仕草で、だけどその口端や瞳に抑えきれない好戦的な性質が見え隠れしている。そしてこんなことを言ってきたのも、詳細まで把握しているぞというアピールをしてきているんだろう。
さっきはヤマキが「今はちょっと忙しい」なんていってはぐらかしていたけど、これからデルタファミリーとの抗争が始まる正に直前だということはわかっていると、わざわざ言いたいってところか。
とはいえ、わかっている風でありながら詳細な情報は言わないところは嫌らしいやり口だ。迂闊に応じれば思わぬ情報を漏らすことになるかもしれないし、とはいえ一応は上部組織の人間なんだから無視するということもできない。
「まあ、そんなところだね。詳しい話はヤマキさんに聞くといいよ」
ということで、僕の方も意識して適当に答える。まあこういうやり取りは老獪なヤマキの方が適任だしね。
「ああ、まあ、そうですな。中でコーヒーでも飲みながら――」
「いえ、せっかくですがそれはまたの機会に。私は相談役に付くよう仰せつかっておりますので」
僕の言葉にヤマキも乗ってくれたんだけど、当のヴィオレンツァがきっぱりと断った。え、ていうか相談役ってことは僕に張り付くつもりか……?
そうか、ヤマキ一家の助勢なんかじゃなくて、僕の経過観察が目的だったってことか。
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