第236話

 「あー、うー?」

 「……?」

 

 「話を進めていいか?」と言ってきたインガンノが、その後に意味のない呻き声で首を傾げだす。何かに気付いたという様子に見えるけど、その何かが見当たらなくて僕としてはこっちの方こそ首を傾げるしかない。

 

 このパラディファミリーの幹部がただの馬鹿だっていうなら、そんなに気楽なことはないんだけど、残念ながらそうではない。ゲーム『学園都市ヴァイス』でもパラディファミリーについては、あくまでも悪役である『アル・コレオ』がその力の一端として振るうものに過ぎない。……まあ、それは『アル・コレオ』が組織をうまく掌握するルートの話ではあるんだけど。

 だから何だというと、プレイヤーとしてゲームを遊んでいる限りでは、パラディファミリーのことまではそれほど詳しい情報は得られなかった。覚えていることはパラディファミリーの幹部は四人いて、それぞれが“欺瞞”“暴力”“恐怖”“支配”の称号を冠するということ。そいつらがラスボスである“狂気”のドン・パラディに辿り着く前に戦ういわゆる中ボスな訳だけど……、そもそもインガンノとかヴィオレンツァなんて名前はいなかった。

 こいつらがサティの側近だと学園入学時点の僕が知っていたのは、この世界で前世の記憶を思い出してからの僕が調べたからだ。だからこそ初遭遇時点で知っていたし、知った時にはある程度驚いたものだった。

 

 まあその食い違いについては予想がつく。いや、そもそも食い違いなんてものでもなくて、つまりはサティの側近である幹部が、『アル・コレオ』にドンが引き継がれた時点で刷新されたということだろう。僕だって組織を受け継いで実権を握れば最側近は入れ替える。

 裏組織は真っ当な組織ではないんだから、継続性とかそういうのよりも自分の身を案じるべきだっていうことだね。

 

 そういう訳だからインガンノのことも有能な魔法使いであることくらいしか知らないけど、四幹部の中で“欺瞞”と称されるのがこのスーツ姿の小柄な女だ。それ自体は詐欺とか交渉事を担当しているという肩書きに過ぎないけど、本人の人間性もその名に値するかもしれないと警戒くらいはしておいた方がいいと直感している。

 魔法の方もライラを圧倒したということくらいしか情報がなかったけど、さっきの登場からすると相当な腕前とみている。ホウキにまたがって飛んでくるなんてふざけたことをしていたけど、微かに風を感じたから、風属性の魔法を精密に操作して空中移動をしたってことだろう。

 できるかできないかだけでいえば、僕にも同じことはできる。だけど僕が真似をしても、もっと周囲や下側に突風が吹き荒れるんじゃないかな。後で考えると微かに感じた気がする、なんて程度の影響であれを実行していたインガンノは、制御能力に限っていえば僕を上回る魔法の腕だということだ。

 

 だからグスタフを上回る戦士であるというヴィオレンツァはもちろん、このインガンノだってまったく侮れない。そう思って表向きは微笑して余裕の態度を保ちつつ、かなり警戒を強めていたんだけど……。

 

 「それじゃあ、いっちゃんはもういくのー」

 

 そんなことを言って、てくてくと歩き出してしまう。

 

 「はぁ?」

 

 思わず露骨な苛立ちが混じった声で反応してしまった僕だけど、それは周囲も――ヴィオレンツァまで含めて――一緒だったから、仕方のないことだと思う。いくら何でも突拍子がないし意味がわからない。

 

 「――♪」

 

 だけど鼻歌まじりに歩くインガンノの足が止まることはなかった。ホウキを手に、飛ぶでもなく歩くその姿は気まぐれな子供が遊んでいるようにしか見えない。

 勝手にやってきて、勝手にどこかへいった。

 意味なんて考えるだけ無駄かもしれないね。……いや、それはまあ何かがあったからこんなことをしたんだろうけど、そもそも意味のない行動でこっちを動揺させることが狙いなのかもしれないし。

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