第37話
視認はできた、しかしさすがに止めることは不可能。この部屋にいる僕以外の新入生たちは、おそらく見えてもいなかっただろう。
何のことかというと、グスタフが突き出した拳。周囲にはいつグスタフがそんな体勢になったのかわからないことだろう。
そして問題は、そこから迸った風圧だ。ただ高速で拳を突き出した。それだけのことで、押し出された空気は強烈な威力を伴って突き進み、黒髪短髪の男の頬をかすって、その向こうにあった窓ガラスに綺麗な断面の穴をあけていた。
わざわざ言うまでもなく、グスタフはブチ切れている。理由は最後の一押しとなった言葉――僕たちの額の傷を揶揄したアレだ。
大柄で老け顔の外見とは違い、グスタフは精神的にはわりと十五歳という年齢相応だ。そしてあいつにとって、額の傷は僕との絆を確立した思い出の象徴だ。
それを馬鹿にされると、一気に沸点を超える。
とはいえ、まだグスタフは“シェイザの絶叫”まではしていない。無言だった。
つまりこれでもまだ、喧嘩は始まっていない、ということ。イコール、被害なく止めるなら今が最後のチャンス。
既に被害? ガラスに穴? グスタフが本気で暴れ出したらって考えれば、そんな物損は被害に入らないって。
「グスタフッ!」
「っ!?」
感情が昂ったグスタフはちょっとやそっとじゃ止められない。だから荒ぶる直前の武人の耳にも届くよう、威圧の意思を込めて名前を呼んだ。
「あ……、ごめん、アル君。取り乱しそうになった」
「ふう……いや、大丈夫だよ。僕も腹は立ったしね」
びくりと肩を震わせたグスタフが、若干青くなった顔でこちらを向いてくれた。
頬を浅く切り裂いた風圧に黙らされていた黒髪短髪のあいつは、今はグスタフとは比にならないくらいに蒼白となった顔を引きつらせている。
……いや、あいつだけじゃなくてクラスの全員か。一人残らず冷や汗をだらだらと流したり、顔色を悪くしたりしている。気絶しているのとか粗相をしているのがいないのは、さすが戦闘・戦術科の上位クラスといったところか。
これはまあ、予想の範囲内の惨状だけど、グスタフを止めるにはこれくらいせざるを得なかったんだから仕方がない。
ちなみに、これは僕の圧倒的な威圧感が……とかいうオーラとか覇気的なアレではない。ある程度以上のレベルにある魔法使いは、普通の生命活動にも魔力が強く影響を及ぼし始める。
つまり力を込めて腹の底から声を出せば、魔力のこもった音波となる訳であり、程度は軽微であってももはや魔法と呼べる代物となる。
魔法使いでなくても、グスタフみたいな有能な武人も魔力を身体能力や精神力に昇華しているから、そこらの“優秀な学生”が恐慌を起こす直前くらいに強く発声しないといけなかった。
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