第38話
私は一流と名高い冒険者の母親に憧れて、ヴァイシャル学園に入学した新入生で、名前はユーカ。
だから当然、選んだのは戦闘・戦術科だった。ここで実戦的な経験を積んで、優秀な教員から知識も学べば、冒険者になれることはほぼ確実だから。
そして冒険者になることができれば、母さんから丈夫な体と正義の心を受け継いだ私なら、きっとなれる。善良だけど弱い人々には頼りにされ、強いのに悪い連中には怖れられるような、そんな立派な母さんみたいな冒険者に。
だけど私は未熟だ。まだ十五歳だし、学園にも入学したばかり、そんな言い訳が頭を過ぎること自体が弱さの証だと実感した。
それは入学式の後、自分の所属することになる戦闘・戦術科の一組へと移動する途中の出来事だった。
「――っ!」
「なんだろう……?」
男の子の大きな声が聞こえたと思って探すと、何人かの生徒が騒ぎを起こしているようだった。
中心にいたのはキサラギ生徒会長。入学式で在学生代表として歓迎の挨拶もしていた綺麗な黒髪の先輩。そのキサラギ先輩に向かって、誰かが謝って……ううん違う、謝らされている?
ふわふわとした金髪の男の子が先輩らしき男子生徒に頭を押さえつけられている。顔は見えないけどあれは多分新入生代表にもなっていた主席のアル・コレオ君だ。
噂に聞くキサラギ先輩がそんな酷い人だとは思えないけど……、だけど先輩たちが寄ってたかってあんな風にするのは良いことには見えない。
「っ……」
行かなきゃ、助けに入らなきゃ。
そう思うのだけど体が動かない。キサラギ先輩はもちろんだけど、あの頭を押さえつけている人も雰囲気からして多分貴族子弟だ。さらにいえば、アル君もそうだし、その隣で一緒にいる赤っぽい茶髪を五分刈りにした大柄な男子生徒もシェイザ家の人だって噂を聞いた。
つまりあれは学生同士の揉め事であると同時に、貴族同士のそれでもある。庶民の私が下手に首を突っ込んでややこしいことになれば、母さんにも迷惑が……。
っ違う! それは保身だ! そんなのは私の理想とする“正義”じゃない!
だけど事態は私が逡巡している間に、それこそあっという間に解決してしまった。声が聞こえないから何を話したかはわからないけど、アル君が今は朗らかに先輩たちとやり取りをしている。
アル君は学術科の教員が「なぜ戦闘・戦術科で受験した」と悔しがるくらいに、素晴らしい魔法の腕前を試験では見せつけたと聞いてる。実戦派というかちょっと荒っぽい生徒の多い戦闘・戦術科だけど、あの主席君はすごく頭がいいんだな。
そんな風に思って、私は自分のふがいなさに悔しい想いを抱えながらも、アル君に興味を持ち始めた。
「あはは、大丈夫だよ、心配してくれてありがとう。キサラギ先輩は入学試験の時に会っていたから挨拶をしただけだし、もう一人の方は僕の兄上なんだ」
教室の中でアル君にあの出来事のことを聞いてみると、そんな答えが返ってきた。良かった……、そもそもが私の杞憂だったんだ。
その場で助けに入れなかった私が聞いたりするのは偽善みたいで止めておこうとも思ってたんだけど、陰口みたいにこそこそ言う周りの声を聞いたらじっとしていられなくて体が動いてしまっていた。
その後でお互いに自己紹介をした時の笑顔は本当に柔らかくて素敵なもので、私と友達になれたことを心から喜んでくれているんだと実感した。一緒にいたグスタフ君も、ちょっと迫力があるけど、母さんの仕事仲間たちに比べればかわいいといえるくらい。
頭が良くて優しい人。それがこの時点での私の中でのアル君の印象だった。
けど、それは違った。彼はそれだけじゃない。
「グスタフッ!」
プロタゴ君の執拗な挑発に激昂したグスタフ君。それ自体は同情できることだけど、教室内で暴れるのは良くない。だけどシェイザ家の子弟を止めるなんて、ただの学生にできるようなことじゃない。
だけど、アル君はただの一声でそれを成してしまった。もちろん“ただの”なんていう生易しいものじゃない。あれは話に聞く最強の魔獣ドラゴンの咆哮みたいな――もちろんそんなの直接聞いたことないけど――そういう感じだった。
ただの四文字、ただの大声。それだけで私の体は震えて、冷や汗も止まらなかった。冒険者の中でも一部のすごい人は、怒鳴るだけで有象無象をなぎ倒すなんて嘘みたいな逸話を持つ人もいるけど……、もしかしてアル君は私と同い年なのにそういう存在なの……?
こうして、少し前に芽生え始めたばかりの興味は、執着にも近い強い感情へと一気に変わった。
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