過去からやってきた鬼・力の渇望編
第39話
ヴァイシャル学園への入学は無事に果たすことができた。
うん、まあ、無事でなかったのは結局あのワイルドな雰囲気の黒髪短髪ことプロタゴのすぐ後ろにあったガラス一枚だけだ。あれはあれでもちろん何事もなく……とはいかなかったけど、実行犯のグスタフと当事者の僕とプロタゴの三人が担任から怒られただけで済んだ。
ちなみに担任は元冒険者で、なんと入学試験でグスタフの相手を務めたあの教員だった。赤い髪を短く刈ったその風貌は何となくグスタフにも似た雰囲気だけど、ジャックというらしい彼は剣でも槍でも弓でも使える器用な能力を持っているらしい。
剣での至近距離戦に特化したグスタフとは違った方向性の戦士な訳だけど、実は最も得意とするのは槍だと言うのを聞いた時には隣の席でグスタフも興味深そうに身じろぎしていた。あの試験では木剣だったからね。
プロタゴはグスタフにキレられて怖い目に遭った訳だけど、結局態度を改めることもなかった。まああれ以降は露骨なことはしてこなかったけど、僕を見る目つきは変わらなかった。
初日は最後まで彼の双子の妹であるというニスタ――長い黒髪を横結びにしていた方――に謝られたんだけど、その後でグスタフからいわれたことがちょっと気になった。というか今も気にしている。
というのも――
『アル君らしくなかったんじゃないか?』
――とのことだった。
教室でプロタゴから挑発された時の僕の態度。あの時は額の傷を馬鹿にされたことでグスタフが激昂したけど、露骨に舐められたのに流したのが不自然だったと。
グスタフは僕のことを瞬間湯沸かし器みたいに思っているのかと問い詰めたいところではあるけど……ある、けど…………強く否定もできないのが辛い所だ。
まあ、冗談はともかく。
確かに、なんでだろうな? あの日、入学式からずっとだけど、プロタゴに対してはあの程度ならまあ許すかと気にもしなかった。それはもちろん入学試験で見込みがあったから、機会があれば取り込めないかという思惑があったのもある。
それもあるし、悪役としての死亡フラグを避けるためにも優等生になろうという僕としては、初日に暴れる訳にもいかないだろうという打算だってあった。
ということを考えたうえで、今思い返すと……、あいつの僕への行動は……率直にむかつく。ちょっと痛い目くらいは見せてやらないと気が済まない程度には。
とすると、あの日の僕はグスタフの言う通り“らしくなかった”。なぜだろう……? と気にはなるけど、思い当たる事なんてないし、僕だって人間なんだし、その日の気分ってものもある。きっと入学式ってことで浮かれていたんだろう。
そうこうしているうちに始まった僕とグスタフの学生生活だったけど、出だしの感想はまあ「退屈」の一言に尽きる。
僕らはこれでも貴族子弟だからね。基礎教養として教わることは全部知っている知識の確認でしかない。
とはいえ、そんな退屈は長くは続かないことを知っている。別に悪い意味じゃなくて、すぐに実戦的な授業が始まるってことだ。
戦闘・戦術科は冒険者とか騎士みたいな実戦に身を置く人材を輩出する学科だから、遠からずその特色を体感することになる。そこに向けて僕としても気合いが入っている。死活問題だからね。
死活――生きるか死ぬか、あるいは勝つか負けるかの例えとしても使われる言葉だけど、今の僕にとってはこれは文字通りの意味。強くなれなければ骨の髄までしゃぶり尽くされて死ぬ未来が待っている。死亡フラグという最悪の未来が。
ついに十五歳という運命の年を迎えた僕が、今気にしているゲーム知識は二つ。一つ目はゲームでも『アル・コレオ』が悪役貴族であった全ての元。パラディファミリーの首領就任だ。コレオ家当主である父上からは何も聞かされていないけど、諸々の情報収集の結果、僕がドン・パラディにならされるのは間違いがない。
フルト王国の闇を牛耳る存在は甘くない。準備は整えたつもりだけど、僕がそれに呑まれてしまえばもうおしまいだ。きっとその先では僕は立派な“悪役貴族”となり果てて、どこかの正義の味方に屠られるんだろう。
二つ目は死亡フラグってやつの……その最初のものだ。まあ僕が記憶している範囲で、ということになるけど。
ゲーム『学園都市ヴァイス』で、主人公が戦闘・戦術科を選んだ場合、ダンジョン探索の実習で『アル・コレオ』が絡んでくるイベントが発生する。これは絶対に避けられないんだけど、その内容は二つに分岐する。普通は政治・経済科のはずの『アル・コレオ』が無理に参加してきて主人公に嫌味をいうだけいって去っていくだけなんだけど、入学式からそこまでの短い期間に発生条件の厳しいイベントを複数発生させて『アル・コレオ』からの嫌悪度を稼いでいた場合に、もう一つの方へと分岐する。
それが『アル・コレオ』が序盤で死亡するルート。その後の全ストーリーが明確なラスボスのいない微妙なものになる“外れイベント”と扱われていたけど、そこはどうでもいい。
実習で訪れた何の問題もないはずの遺跡で、『アル・コレオ』は偶然から謎の機構を作動させ、次元の裂け目に呑み込まれて消えてしまう。そしてその後は行方不明になったとして本当に一切登場しなくなるという、今の僕からすると恐怖しか感じない内容だった。
この現実に主人公なんて存在はいないし、実際に今の僕は特定の誰かに憎しみを募らせているってこともない。だけど、戦闘・戦術科に入った訳だから……、おそらくその実習には参加することになる。
とにかく……“謎の機構”には注意が必要だ。先のわからない次元の裂け目に入ってしまうなんて、そんな死に方はごめんだし、ね。
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