第36話

 そろそろ担任の教員がくるんじゃないだろうか、という頃合い。偶然一瞬の静寂が訪れたそのタイミングが、彼にとっては我慢の限界がきた瞬間だったようだ。

 

 「へらへらしやがって! 落ちこぼれのお前が主席の訳がないだろうが!」

 

 元々静かになっていた教室が、さらにはっきりと、痛いほどの沈黙に包まれた。

 大声を出した黒髪短髪の男ははっきりと僕を指差していて、その怒気が向けられる先は誰が見ても明らか。

 ほぼ全員が単純に驚いたという表情をしている中、呆れ顔のグスタフと、この男と双子っぽい横結びの女が絶望的な表情なのが目につく。

 僕? 僕はまあ、だいたいグスタフと同じ感じだよ。

 

 「落ちこぼれって……。君、たしか実力試験で一緒だったよね?」

 

 中々見どころがあったからこの彼のことを僕も覚えている。そして自分でいうのも何だけど、僕の見せたマエストロという“実力”は中々どころのものではないはずだ。

 あれを己の目で見て知っているうえで「落ちこぼれ」呼ばわりをするのは……、正気を疑う発言ではある。

 

 「だ、な、だからなんだっ!」

 「はあぁ……なんだって何なんだよ……」

 

 大仰に溜め息を吐いてしまった。別に挑発をする意図はなくて、本当に自然と出てくるのを堪えられなかった。心底から呆れたから。

 

 「…………」

 「ぁ……ぇ……ぅぅ……」

 

 試験の時には頭を叩いてまで止めていた活発な印象の横結びの女だけど、今は僅かに呻くのが精いっぱいな様子。ぜひ引きずっていって欲しい所なんだけど、ちょうど間にいるグスタフが無言で発しているどす黒い雰囲気にあてられてそれどころではなさそうだ。

 

 あ、がたって音がして、グスタフが立ち上がる。かなり剣呑な気配だ。

 

 「おい貴様、故郷はどこだ?」

 「はぁ? 何だよお前は横から。それに故郷……はっ、さすがは貴族様だ。どこの誰かを確認してからじゃないと喧嘩もできないか?」

 「違う。再起不能になった貴様を送り届ける先を、口がきけるうちに確認しておいてやろうというのだ」

 

 まずい、グスタフが爆発寸前。後何か一押しあれば理性のタガが外れてしまいそうな顔をしている。

 

 「は!」

 

 黒髪短髪の男が急に鼻で笑い、ゆっくりと見せつけるような動作で人差し指を立てた左手を持ち上げていく。

 ものすごく嫌な予感がする。

 

 そして指を左目のすぐ上に到達させたそいつは、これまでで最高の笑顔で口を開く。

 

 「おお怖っ! 二人がかりで俺をボコるか? おそろいのだっせぇ傷あって仲良しこよしだもんな?」

 

 止めようと声を出すのが間に合わなかった。来ちゃったよ、“一押し”。

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