第23話
私はバルバ。特注のクリームで毎朝整える口髭くらいしか特徴のない、くたびれた中年男です。
ヴァイシャル学園で教員となって長いですが、学術科魔法原理専攻にて魔法とは何かを探求する身として、今年は入学試験で魔法に関係する実技で申請した受験生を担当しました。
若い頃にはとにかく魔法とは何かを追い求めることにしか興味のなかった私ですが、近年は若者を教え導くことにも喜びを見出しつつあります。そうしたこともあって、受験生の未熟ながら懸命な実演を見させてもらうというのは、非常に楽しいことです。……最も、そのように楽しまれては受験生からすれば眉をひそめるような態度なのかもしれませんが。
「キサラギ君の様子はどうですか?」
「はい、治療はすぐに終えておりまして、もう目も覚ましています。受け答えもはっきりとしていましたので、何も問題はないかと思われます」
「そうですか、ほっとしました」
医務室に詰めていた魔法薬学の教員が来たので確認しましたが、悪いことにはなっていなくて良かった。こういうと問題がありそうですが、押し切られる形で想定外の模擬戦闘を許可した身としては気が気ではなかったのです。
今は本日分の実力試験を終えての教員会議……という名目の雑談をしているところでした。キサラギ君の様子を確認するために中断されましたが、つい先ほどまではある受験生の話題で持ち切りとなっていました。
それはもちろんアル・コレオ君のことです。コレオ男爵家の長子であり、アル君の兄上にあたるマイク・コレオ君は既に政治・経済科の一年生であり、正義感が強く優秀な生徒として他学科の私も認識していましたが、アル君のみせたものは才能と呼ぶのも生ぬるいほどでした。
ヴァイシャル学園では学科を細分化する専攻を選択するのは二年生になる時ですので、学術科を選んで受験する生徒でも、入学時にはウノマギアですらないのも普通のこと。魔法の才能がなければ自然原理や魔法薬学などを専攻すればよいのですから。
とはいえ優秀な家庭教師を雇う貴族出身者などは使えて当然でもありまして、デュエマギアとして実技を披露する者も時にはいるものです。さすがにキサラギ君がトレマギアとして受験してきた時には教員間でも話題となりましたが……言ってみればそれほどのことなのです。
マエストロ……それは魔法使いの頂点となる位階であり、魔法師という呼称もされる通りにもはや教える側です。
そして魔法使いの間では知られていることとして、一口にマエストロといってもその実力は千差万別なのです。つまり、辛うじてでも四つのレテラを同時行使することさえできるならばマエストロとなりますが、自由自在に各レテラを操る魔人の如き存在であっても同じくマエストロなのです。
これは魔法使いの位階がレテラの同時使用数のみで定められていることの弊害ではありますが、魔法に詳しくない人々に対するわかりやすさを優先してそのままとなってきた制度は今さら変えられません。
ただマエストロであるというだけで前代未聞であるというのに、アル君は一つの魔法の中でその威力を強めて弱めるという器用な行使をしてみせました。
受験生たちはただ四つのレテラが並べて詠唱されたことに驚いていた様子でしたが、我々教員はその内容にこそ驚いていたのです。
さらにいえば、アル君がより上位のマエストロであるという事実は、キサラギ君の暴走的行為によって証明されました。位階が上がった若者にありがちなとにかく上位の魔法を放とうという傾向がまるでみられず、的確に必要な数のレテラで魔法を構築する。加えて、たった一つのレテラからでも最大の効果を発揮させる。それは魔法戦闘的側面からすれば極致といえる技巧でした。
実際に、戦闘・戦術科の教員であるジャック先生も絶賛していました。ジャック先生は武器戦闘が専門ではありますが、元冒険者として実戦経験豊富な彼があれほど褒めるということは“通用する”ということなのでしょう。こればかりは研究室で本に埋もれる人生を送ってきた私には実感するのが難しいことですが。
そうそう、ジャック先生といえば何よりも直接手合わせしたあのシェイザ家の子弟グスタフ君を評価していましたが、雑談の最後に少し気になることも口にしていました。
「キサラギ君か……、怪我はなくとも心配だな」
「――?」
何を意図してのことかわからず視線を向けると、詳しく説明もしてくれました。
「冒険者ではよくあることなんだ。才能ある者がひとつ大きな挫折をすると、それに引きずられて落ちていくってことがな。周りからすると“そんなこと”なんだが、天才特有の打たれ弱さみたいなものは、本人が乗り越えていくしかないからな、結局のところ。それにあのとどめになった体当たり……」
ジャック先生の言っていることはわかりましたが、なぜアル君の攻撃を気にしているのでしょうか?
「技能披露ではない模擬戦闘でのことだったのですから、むしろ褒めるところなのではないでしょうか?」
「それはその通りだ」
私の質問にジャック先生は力強く頷きました。しかし説明は続きます。
「あれは文句のつけようがない……まるで実戦経験が豊富かのような的確なダメージを与える体当たりだった……。あれほどの一撃を天才生徒会長ともてはやされているとはいえただの学生が受けたんだ、心の傷になっていてもおかしくないと、俺は思う」
確かに、私も聞いたことがあります。魔獣との戦闘で大怪我を負った冒険者が、傷は癒えても復帰できないことがあると。それに比べると大丈夫だと思いたいですが……、こればかりは祈るしかないのでしょう。
もしキサラギ君が今後おかしくなるようなことがあった場合、ボーライ家から私が責められませんように……。
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