第24話
「うぅっん!」
演習場を出て、ヴァイシャル学園からも出たところで、僕は大きな伸びをした。肩や背中が小さくこきこきとなるのが心地いい。
「疲れたのか?」
一緒に歩くグスタフが聞いてきた。「お前がこの程度で?」と顔に書いてあるけど、僕を何だと思っているんだ。
「そりゃあ疲れもするさ。気疲れだけどね」
「……あぁ」
今度はグスタフの表情が納得に変わる。体をたくさん動かしたのは間違いなくグスタフの方だったけど、想定外のことがあって予想外の相手と手合わせしたのは僕の方なんだから。
「お、いたいた」
そして学園を出たことで、僕らを待ち受けていた人物と合流を果たす。
「お疲れさまでございます、ご主人様」
僕らの目の前でぴしっと背筋を伸ばしたまま綺麗に腰を折るのは、茶色の髪を三つ編みにした妙齢の女性。僕やグスタフよりは低いけれど女性にしては長身で、やや細めの体を隙なく着こなしたメイド服で覆っている。
そして顔を上げると鋭い目線がまっすぐに僕へと向いている。その顔は十九歳になったライラだ。元々整ってはいたけど地味めだった顔は、目に強固な意志が宿ったことでやり手の会社員みたいな静かな迫力を備えた印象になっていた。
あと僕の呼び方が「ご主人様」になっているけど、これは呼び間違えた訳ではない。父上には正式に話を通して、ライラとあともう一人の使用人を僕専属として雇いなおしたんだ。
かつては頼りない部分ばかりが目立ったこのライラも、今や僕が直弟子として鍛えたマエストロであり、秘書としての役割でも特に頼りとしている。かつて“思い出した”直後の僕が欲したかつての五年後――今となっては半年後――を乗り越えるための仲間の一人だ。
「いい場所は見つかった?」
「はい、候補を三つまで絞り込んであります」
打てば響く。それが今のライラを表すのに最もしっくりとくる言葉だ。
そして昔は本当に軽い気持ちで、使用人の間で浮いていたから優しくしておけば何かの役に立つかな程度の目論見だったものが、よくもここまで化けたものだ。どうやら、ライラとしてはあの時に僕が与えたお菓子が深く心に刺さったらしい。
確かに異様においしそうに食べていたから、僕としては甘いものが普通以上に好きなんだなぁ、くらいには感じたけど……どうもそれだけでもなかったらしい。
十五歳で貴族の家に使用人として働きに来て、先輩たちには冷たくされ、家では妹との関係にも問題があった。そんな状況にあって、悪童で知られる次男坊から差し出されたお菓子の味は、それはそれは甘かったらしい。
……正直にいって僕にはよくわからん心の動きだけど、前に本人にもそう言ったら「ご主人様はあたしの心など頓着する必要はございません」と真顔で答えていた。まあこの四年で色々あってライラの忠誠心は疑ってないから、本人がそれでいいならいいんだけどね。
とにかくそれで、もしもの時には盾くらいにはなりたいと鍛え始めたライラだったけど、運動神経がとにかく絶望的だった。屋敷では雑用をよくしていたこともあって力はそこそこあったけど、機敏さとか柔軟性とかそういうものが本当に乏しい。
で、見かねた僕が憐れみ半分で魔法を教えてみたら……こっちは才能があったらしい。本人はそれこそ「ご主人様の指導力には称賛の言葉すら浮かびません」とかお世辞を言っていたけど、指導力でマエストロになれるならこの世は魔法師まみれになっているはずだよ。
まあ独力で勉強して有能な秘書になったライラだから、その頭の良さはいうまでもない。それがあったからこそ、僕の“指導”もすぐに理解して十二分に吸収できたんだろうと思っている。
そんな風に昔のことを思い出したりしながら、先導するライラの背を見て歩いていると、すぐに目的地についたらしい。
よし、頭を切り替えよう。
僕もグスタフも間違いなくヴァイシャル学園には合格したつもりだ。だからこそ、半年後に向けて最後の準備、僕らだけのための拠点確保に取り組まないとな。
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