第82話
喫茶店を出て次に連れていかれたのも、ヤマキ一家の拠点ではなかった。街の中心からはかなり遠い場所で、商店の倉庫なんかが多い区画だ。通行人が少なく、一見すると閑散としているけど、要所要所に立っているのは街の衛兵だけでなく、商店の私兵もいるようだ。
生活区域ではないけど、価値のあるものをそれなりの量で置いておく場所な訳だから、当然といえば当然の警戒具合だ。
「……」
ヤマキに先導されてきた先の建物も、入り口には無言で二人の男女が立っていた。男の方は大柄でわかりやすく威圧的。女の方は薄く笑顔で物腰も柔らかそうだけど、その視線の置き所とか、立ち姿にあまりにも隙がなさ過ぎる。
建物の外側にはこの二人しかいないようだけど、量より質で厳重な警備をしていると感じられた。つまり、中にある……というかいるのはそれだけ重要なものだということか。
「さて、こん中にだな――」
建物に入ってすぐは小さな事務室みたいになっていて、奥に続く扉がある。やけに厚く見えるその扉の向こうがおそらく倉庫部分で、建物の外観から想像すると、それなりに広くなっていそうだ。
そんな扉の手前で、ヤマキは僕をここに連れてきた事情を説明しだした。それこそ、新人店員に向かって倉庫整理の仕事の説明でもするみたいな調子で。けどその内容はそれなりに剣呑だ。
「要はそのチンピラがどの程度組織的に動いてるかが知りてぇってことだ」
細かい話に続けて、ヤマキはそう締めくくった。
顔に似合わず理路整然と話された内容は、つまりは最近このヴァイスに他所からガラの悪い連中が入ってきているということらしい。思い出してみれば心当たりもある、ラセツと街を歩いていた時に遭遇したあれだ。
まあ、ヴァイスは学園都市と呼ばれるほど発展した街だ。当然常に厄介な連中も入ってくる。だけど日頃は散発的なそれが、今回に限ってはまとまった動きであることを問題視しているということのようだ。
そもそもは治安維持なんて衛兵の仕事に違いないんだけど、裏社会の一角で権勢をふるうヤマキ一家としては、新参者に好き勝手されては面子がたたないということなんだろう。で、とりあえずそれっぽい奴を捕まえたから、そいつが本当に何らかの組織の一員なのか、そうであれば何か狙いはあるのか、ということを知りたい、と。
それが“拷問”がどうのって言って僕を連れてきた理由らしい。
建物ひとつ使って捕まえておいて、ちゃんと見張ってもいるあたりこの件は重要視しているんだろうけど、新参の僕を試すために使うあたり、情報はそれ程期待していないか、あるいはもう引き出した後ってところだろうか。
「まあ、やれっていうならやるよ」
「期待はしてねぇがまだ殺しはするなよ」
一応は相談役の僕に対して雑用をさせるなよっていう不満を見せたつもりだったんだけど、ヤマキには自信がないと受け取られたみたいで釘を刺された。駆け出しのガキかよ僕は……、いや駆け出しではあったね、ここでは。
それ以上何かを言う事もなく扉に手を掛けて、見た目通りに重い感触を確認しながら開いて中に入る。部屋の前でぺらぺらと喋っていたからそうだとは思っていたけど、やっぱりこの中は防音になっているみたいだ。そこそこなら叫んだりしても外までは伝わらない、と。
「…………」
そして当然ヤマキも一緒に入ってきているけど、入ってすぐの壁に背をもたれさせて腕組みして黙っている。引き結んだ口は、つまり観察に徹するから勝手にやれって言いたいようだ。
拷問、ねぇ……。
「あん……? ガキ……だと?」
中にいたのはくすんだ薄茶色の髪を適当に短く刈った、無精髭が目立つ中肉中背の男だった。椅子に縛り付けて座らされているけど、顔に見えているあざは多くない。捕まえた時にひと悶着あって、ここに閉じ込めてからは今まで放置してたって感じか。
僕は見ただけで魔力の質的に魔法使いでないことがわかるからいいけど、口を塞いでないなんて不用心だな。戦士と思い込んでいたら実は魔法が使えたりしたらどうするつもりなんだよ。それか、ヤマキの手下に解析のレテラが使える奴がいるってことになるけど……一応解析は秘匿扱いなのに、裏社会では大盤振る舞いみたいになってたら嫌だなぁ。
「はぐっ!」
とりあえず無精髭男の顔面を一発殴る。当然椅子ごとひっくり返ったけど、魔法体術ではないし、なんなら魔力による身体能力向上も拳の保護くらいしかしてない。本当に普通に殴っただけだ。痛くはあっただろうけど、実際に死ぬどころか気絶もしてない。
「へへっ、なんだぁ? お坊ちゃんのうさばら――」
「
一生懸命に何かこちらを挑発しようとしていたのを無視して、倒れたままの無精髭男の頭を闇の塊で覆った。動けない状態だから範囲も狭いし、しっかりと長時間もつように滞留のレテラで制御も掛けた。
後は……。
「……」
何も言わずに近くにあった何かの木箱に腰を下ろす。
「俺はこんなん痛くねぇぞ! おい、聞いてんのかっ! 殴れるもんなら殴ってみろよ、腰抜けっ!」
さすがの僕でも負け犬の遠吠えで激昂したりはしない。そのまま無言で待ち続け――一時間も経つ頃には無精髭男は素直に情報を吐き始めた。
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