第83話
儂はヤマキ、ヴァイスの裏通りではそれなりに名の知れた男だ。ガキの頃は地元でただの暴れ者だった儂も、コルレオンに来て“喧嘩屋”ヤマキとして名が知られるようになった頃にはその腕っぷしの使い道についてちぃっとくらいは考えるようになった。
でけぇ力に踏みつぶされそうになってる連中をなんとかしてやりてぇ。
なんのことはねぇ……、暴れることしか知らなかったばっかりに地元を追い出されたガキの頃を引きずってるだけのことだ。
だが、コルレオンで名が知られるほどになった結果、儂は世の真実……というほど大げさなもんでもねぇが、人の世のむなしさってもんを知ることになっちまった。
貴族や金持ちの牛耳る表は居心地悪くて裏へと追いやられてそこでなんとかやってたつもりが、その裏だって結局は貴族や金持ちの作ったもんだったってことだ。
とはいえ、儂は儂だ。世の中知って擦れたからってやり方変えるほど落ちちゃいないつもりだ。まあ、そんなだから、むしろ弱者を喜んでいたぶるようなあのドン・パラディとはうまくいかずにコルレオンからも追い出されちまったんだがな。
それで行き着いたのがこのヴァイス。パラディファミリーのちょっとした下部組織があっただけのここは、裏社会の人間にとってみれば流刑地みたいなもんだ。なんせお上がしっかりしている。学生と研究者のための街であるここは、秩序に馴染めねぇ者が入る余地なんて最初っから大きくない。
……だからって、そんな“はみ出し者”がいないってことはありえない。そういう奴は――儂も含めて――どこにでもいるもんだ。だからこの街で表を堂々と歩けねぇような連中を受け入れ、時にはヴァイシャル学園との折衝役なんてもんまでやったりしてたうちに、ちょっとした下部組織はヤマキ一家なんて呼ばれるほどの大層なもんになっちまった。
で、背負う荷物が大きくて重くなるほどに身動きは取りづらくなる。その重さが心地よく感じるのも否定はしねぇが、
今回も次期ドンだかコレオ家の秘蔵っ子だか知らねぇが、生意気なだけのケツの青いガキを面倒見ろだとか押し付けられた。うちで鍛え上げろってことなら、まだ構わねぇ。……が、パラディファミリーのドンに次ぐ“相談役”だから、丁重に経験を積ませろなんて言い添えてきた日にゃあ、頭抱えるしかねぇじゃねぇか。
古い噂では、なんでも悪ガキだとかいうことだったから、喧嘩慣れくらいはしてるんだろう。学園に首席で入学したのは魔法の腕が良かったからだって話でもあるから、貴族子弟らしくそれなりの魔法使いなんだろう。
そんくらいに考えていた。だからわかりやすく綺麗ごとじゃねぇ仕事をまずはやらせて、大人しくさせると同時にどの程度“馴染みそう”かを試すつもりだった。
だが甘いのは儂の方だと思い知らされた。
普通の貴族子弟はいきなり裏の人間と会わされたら委縮するか、変に攻撃的になるかだ。あんな風に自然体でいるにはどうしたって場数がいるはずだ。
普通の人間ってぇのは、他人を殴るのに躊躇するもんだ。どれだけ口で強がったって、いざ拳を叩き込もうって時にはその勢いが鈍るもんだし、それが顔ならなおさら。酒場に入ってとりあえずビールを一杯みたいなノリで殴れるのは、頭のおかしい奴か、長く裏社会に身を浸した奴だけだ。
だがその辺はまぁいい……良くないが、いいとしておいたとしてだ。
本当の問題はその後だった。希少な闇属性をしれっと使ったのもまだいい。その後……殴って視界を奪って、放置した。ただそれだけで、勝手に恐怖に耐えかねたチンピラがぺらぺらと喋り始めやがったんだ。
目の前で見せられた後だから儂にもわかる。ためらいなく痛めつけるってことをわからせてから、人間が最も頼りとする視界を奪って、あとは勝手に不安が膨らむに任せてただ隣でじっとする。暴力で恐怖を与えることに相当慣れ親しんだ奴でしかできないような、見事な手並みだと言わざるを得ない。
儂みたいな裏社会でそれなりにやってきた者をも唸らせるような……。
それをやってみせたガキが見た目通りの存在であるはずがねぇ。一通りの情報を手に入れて、儂が「こいつはもう用なしだ」といった次の瞬間にはやはり微塵のためらいもなく魔法で首を飛ばすアルの背中を見て……今回サティの野郎から押し付けられたのは面倒事なんて可愛らしいもんじゃねぇってことに、今更気付いて冷や汗をかいていた。
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