第81話
「ほらよ」
乱暴な言葉遣いに丁寧な手つきでコーヒーカップが僕とヤマキの前に置かれる。そして婆さんはそのままさっさと店の奥、僕らからは見えない場所へと引っ込んでしまった。
今思い返してみれば入り口にも開店中みたいな表示はでていなかったし、最初からこのつもりで手回ししておいたのかもしれない。
「それで……どういう気分だい? 貴族の坊ちゃんがある日突然、裏社会の相談役になるってぇのは?」
「ん?」
何の話をするのかと思えば、ヤマキから最初にぶつけられたのはそんな質問だった。いや、質問というか、言い方からするとただの挑発だ。つまりは「いい御身分だなぁ、お貴族様は!?」ってことだ。
……なんだけど、どうにも違った意図も感じる。
このヴァイスではみ出し者たちの受け皿として裏社会を切り盛りしてきた男としては、急に“上”から押し付けられた僕のことが気に食わないのは事実なんだろう。だけど一方で、ヤマキが人情に篤いっていうのはこういうところみたいだ。
「……は、心配してくれているのか? 優しいんだな、ヤマキ一家の“親父”っていうのは」
「ふん」
甘やかしてもらう必要はない、ということを示すとともに、こちらがそれなりに動けるっていうことを軽くほのめかしておいた。“親父”っていうのはヤマキ一家の古参連中がこのヤマキのことを呼ぶ時の言い方だ。一般的には頭領や首領、頭とか、あるいはコルレオン風にドンって呼ばれるものだから、この辺りでは馴染みないこういうことも調べるくらいはしているぞ、ということだ。
ヤマキはというと鼻を鳴らしてこちらをひと睨みした。生意気な態度が気に食わないということはわかるけど、それ以上の情報は読み取れなかった。さすがにここらを仕切る親分格、単純そうにみえても、腹の探り合いだってできるみたいだ。
「ドン・ヤマキは……」
「――おい」
とりあえず回りくどいことはやめて、当面の僕が負うべき役割でも確認しておこうかとしたところで、唐突に会話を止められる。さっきまでより額に皺が増えた……・? 何かが気に食わなかった様子だ。
「“それ”やめろ、儂はそんなんじゃねぇ」
“それ”……? もしかしてドン呼びのことか? パラディファミリー的には傘下組織であっても、一組織のトップであることに敬意を表する呼び方だから、これでも気をつかったんだけど……。
「じゃあヤマキさんで」
「ふん」
今度の「ふん」は多少満足げなものだった。このヤマキは本当にサティと折り合いが悪いらしい。ドン呼びが気に食わないなんて、それくらいしか理由が思いつかないし。
「儂の見えねぇとこで嗅ぎまわっとったなんてぇのは評価しねぇぞ。
今度はヤマキの方で会話を進めてくる。あくまでもヤマキ一家の仕事の話での主導権は握らせないということか? 豪快な見た目のわりに、意外と繊細な駆け引きをしてくる奴だね。
「つまり?」
何かさせたいことでもあるのかと率直に聞くと、口端を歪めて子供が泣きそうな笑みを浮かべたヤマキはテーブルに手を置いて少しだけ身を乗り出すようにしながら口を開いた。
「拷問は好きか?」
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