第80話

 ゲーム『学園都市ヴァイス』での知識によると、ヤマキは粗暴で強圧的なならず者。一方で義理と人情を重んじる部分もあり、はみ出し者の受け皿としてヤマキ一家がその存在を黙認される理由でもある。

 だからこそ、狂気の擬人化みたいなサティとは折り合いが悪く、コルレオンから離れたこの街で下部組織の長をやっている。

 

 「……」

 

 無言でずんずんと歩く背中を見ても厳ついおっさんという印象でしかなくて、とても義理人情がどうだのといった部分は見えないけどね。お飾りとはいえパラディファミリーの相談役である僕のことは、ヤマキ一家の頭領でもぞんざいに扱える相手ではないと思うんだけど。

 

 ……まあ、向こうの言い分は正直わかる。気をつかったような態度なんてとろうものなら示しがつかない。つまりヤマキがサティに屈従したと周囲からは受け取られかねないからだ。

 だけどヤマキはその性格上、義理を完全に無視することはできない。

 苦し紛れの折衷案が、組織のトップである彼が自ら迎えに来て、その上でこんな態度をとる、ということだったんだろう。

 

 今のところ本当の意味で“自分の組織”といえるメンバーはグスタフ、ライラ、サイラ、ラセツ、の超少数だ。少なくとも内側に向けては警戒したり意地を張ったりといったことは必要ない。そんな僕にとっては天辺が禿げたヤマキの後頭部からその感情を読み取るのも難しいんだけど、あんまり他人事だと思っているとすぐに笑えなくなりそうではあるね。

 

 「ここだ」

 

 とか考えているうちに目的地へついたらしい。

 

 「喫茶店……?」

 「コーヒーは嫌いだったか?」

 「いや、そんなことはないけど……」

 「なら黙って入れ」

 

 てっきりアジト的な場所を紹介されるものだと思っていたから、路地にある隠れ家的な雰囲気の喫茶店に案内されて戸惑ってしまった。

 

 中に入ると、かなり高齢の婆さんが一人で店番をしている。枯れ木のように細く皺だらけだけど、背筋はぴっと伸びていて、なんというか学校の規則にうるさい教師みたいな雰囲気の人だ。

 

 「おいババア、コーヒーの熱いの二つだ」

 「そこに座んな」

 

 指定されたのは四人掛けのテーブル席で、僕らはそこに向かい合って座った。婆さんが最初にいた場所はカウンター席にもなっていて、その奥の壁に掛けられたメニューを見ると、紅茶もあったらしい。そっちが良かったな……。

 

 ちなみにコーヒーも普通にあるこの世界だけど、なんとお茶と同じ木から採れる。ティーと呼ばれる樹木の葉を加工すれば紅茶や緑茶、実を加工すればコーヒーになるという訳だ。前世でそういうのに詳しくはなかった僕でも「そんな馬鹿な」といいたくなる植物なんだけど、ゲーム『学園都市ヴァイス』でもそういう設定だったと記憶している。ゲーム制作者の洒落か、あるいはなんか面倒くさかったからそうしたのか……。

 ……そんなことより気になったのは「熱いの」だ。メニュー表にもコーヒーか紅茶のホットかアイスと確かに記されている。この世界では氷は手に入る人には簡単に手に入る。魔法があるからだ。

 水属性のレテラで魔法を発動すれば水の塊が出て、制御を止めれば落ちるなり流れるなりする。だけど、発動時点でうまく制御すれば僕がかつて入学試験でやったように霧にすることだってできるし、氷として出現させることもできる。しかも攻撃に使うのでもなければ一文字発動でいいから、ウノマギアでもできるということになる。

 まあ現実的な話として、属性の形をある程度変えて発動できるウノマギアなんて聞いたことないけどね。

 ということを合わせて考えると、このお婆さんは少なくとも水属性のレテラが使えて、そしておそらくはデュエ……いや、トレマギアではないかと推察される。

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