第250話

 右手に古代魔法道具らしき白色の指輪をはめて、左手は手首から先が魔獣のように変質したデルタはまだ戦う前から息を切らせている。

 

 「ぜぇ……ぜ……はぁ……はぁ……」

 

 その呼吸の様子もおかしく、あの指輪で見た目が変わったのは手だけに過ぎなくても、影響は体の内部を蝕んでいることがわかる。過去に見たものだと僕が事故で指にはめてしまった指輪も精神を蝕むものだったし、メンテが使ったあれももしかすると何かあったのかもしれない。

 あれらの厄介な指輪は、効果を発動した後は消えてしまったものだから、詳しいことなんて何もわかっていないんだよね。

 消えるってなんだよ……って思うところではあるんだけど、ゲーム『学園都市ヴァイス』での知識でも魔法道具は便利なアイテムという感じだったし、古代魔法道具はその中で強力な物って程度のことしかわからない。だから、消えていたんなら消えるんだろうなと納得するほかない。

 あの赤い指輪が僕の頭の中で言っていた「大罪装具」とか色々と気になることも、何もわかっていないんだよね。現状だと調べるあてもないからどうしようもないんだけど。

 

 まあ気になることはあるんだけど……、今はとにかく目の前のこいつか。

 

 「があぁっ! 死ねぇ!」

 

 半ばヤケクソのようにも見える勢いで――言い換えると鬼気迫るとも言えなくはない様子で――デルタがこちらへ向かってくる。

 その身のこなしはやっぱり戦闘の玄人とはとても思えない。さっき僕の魔法を振り払った時もそうだったけど、まるで子供が喧嘩するような雰囲気ですらある。

 どう考えても弱い。戦闘技術のイロハも知らないとしか考えられない。……だけど実際にマエストロである僕が放った魔法を振り払い、今こちらへ向かってくる速さも笑って見てられるようなものでもない。

 

 ヴィオレンツァはやっぱり動く気配はない。手を拭った時点で戦闘は終了ということなんだろうか。ルアナは反応しているけど、基本的には後手で動くタイプだからか前にはでない。そして僕はというと悠然と立っている……信頼しているからだ。

 

 「ほっ」

 「ぐぅがっ」

 

 どこか間の抜けたというか気の抜けた声で、すっと僕の前に出たラセツが突っ込んできたデルタを投げ飛ばした。手を添えてくるんと回しただけに見えたけど、自分の勢いに精霊鬼の腕力をのせて返されたデルタは苦しそうに呻いて床に叩きつけられていた。

 

 床が軋むどころか建物全体が揺れるほどに後頭部を打っていたようだったけど、デルタは不自然なほど勢いよく跳ね起き、すぐにさがって距離をとる。頑丈さも膂力も、やっぱり魔獣を思い起こさせた。

 

 「馬鹿力じゃのぅ……」

 

 感心しているようでいて、余裕をまったくなくしていないラセツを警戒しているのか、一度距離をとったデルタはこちらをじっと睨んでいる。

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