第336話

 カミーロから持ち掛けられたボーライ家の協力要請の原因がそもそもこのキサラギだった。彼女がパラディファミリーに連れ去られたことで、ボーライ家が激怒してパラディファミリーを潰そうとし始めたんだ。

 とはいえ、インガンノのことだから無理やり連れて行ったのではなくて、言葉巧みに丸め込んだのであろうとは予想していた。それに、裏町にいた間に情報屋を通じて調べた範囲でも、キサラギはどうもパラディファミリーの一員として行動しているらしいとはわかっていた。

 

 だからといって、僕がきたらどこかに閉じ込めていると思っていたんだけど……、そんなことはなかったようだ。

 これならあのカミーロの妹だというアデーレをなんとかして連れてくるべきだったかもね。そうすれば対処してもらえただろうに。

 

 実際のところ、今ここには僕一人だから、なんとかするしかない。この先に生きて進むことは絶対なんだけど、できればキサラギは生きて確保したいな。

 さすがにこうなっては無傷でという訳にはいかないだろうけど……、万が一にでも殺すようなことになれば、あのボーライ家ならその実行犯が誰かということは突き止めるだろう。そうなれば理由や状況なんて関係なく敵にまわるだろうことは想像に難くない。

 ……というか、そういうことまで全部考えた上での、インガンノの策ってことなのかな。本当に性格の悪いことで。

 

 「…………っ!」

 

 そしてキサラギはというと、何か話しかけてくるでもなく、目を細めて意識を集中している様子だ。彼女の身体の内部で魔力が高まっていくのを察知できるから、これは次の魔法の準備ってことだろう。

 相変わらず、キサラギは最大限強力な魔法をひたすらぶっ放すという戦闘スタイルのようだ。

 これだけなら、以前と同じく戦うのは簡単なんだけど……。

 

 「ブイオ滞留スタレぇ」

 

 間の抜けた甲高い声での詠唱が聞こえる。当然僕ではないし、凛々しい声質をしているキサラギでもない。

 この部屋にいたもう一人、インガンノが魔法を使った声だ。

 

 「解析インダガーレ

 

 僕の周囲を闇が覆って視界がなくなったけど、その場を動かずにこっちも魔法を発動する。本当は二文字で自分の周りに展開したかったけど、嫌な予感がして最速で発動させた。

 

 瞬間的に放たれた魔力が目に頼らない視覚で僕に周囲の状況を視せてくれる。

 キサラギはまだ魔法の準備中。とはいえ、もう間もなく発動態勢が整うだろうから、油断はできない。

 けどそれよりも問題は、インガンノの方だ。さっきは部屋の奥で悠然としていたのに、今のこの一瞬で前進してこちらとの間合いを詰めてきている。解析魔法は一文字でとっさに放っただけだから、ここからインガンノがどう動くかは見えていない。だけどこれだけわかれば予想くらいはつく。つまり、僕が闇から飛び出したところを攻撃するつもりなんだろうね。

 そうしなくても、すぐにでもキサラギが高火力の魔法を放てるようになれば、こんな闇の中で留まるのは悪手だ。

 どちらにしろ、僕はここから飛び出すしかないという訳か。この展開はインガンノが初めから用意していたものだろうね。さすがは“欺瞞”。僕の方もそれなりに覚悟を決める必要があるか。

 

 狙いを定めずに適当な攻撃をしてもかわされるだけ。というか、さっきも考えたようにすぐにでも移動はしないとキサラギの次撃に焼かれてしまう。

 だから選択肢はない。

 移動はしつつ、確実に当てられる攻撃をするしかない……自分を巻き込んででも。

 

 「ヴェント強化フォルテッ!」

 

 僕はまとわりつくような不快な闇から飛び出そうと駆け出しつつ、この広い部屋を覆うように風魔法を発動していた。放ったり留まらせたりするような制御はせず、ただその威力だけを強化して。

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