第221話

 私はカミーロ。カッジャーノ家からは出家しているのでただのカミーロなのですが、実家からの指令で仕事をすることもありますので、いまだにカミーロ・カッジャーノと名乗ることも多いので思わず家名付きで名乗ってしまう癖が抜けません。

 カッジャーノ家の特殊な事情など他人に話せる訳がなく、そのため三十路にもなって子供時代の癖が抜けない痛い人という風に振舞って誤魔化すことになるのが辛いところです。

 

 カッジャーノ家の特殊な事情というのは、国家所属の工作員を多く輩出するということです。必ずそうなるという訳ではないのですが、その代の当主から見込み有りと判断された子供は訓練を受け、表向きの出家と同時に工作員として働き始めることになります。

 そのような家だからこそ、過去から今でもずっと、侯爵の地位にありながら平凡で見所がなく、取り入ったり警戒したりするのに値しない貴族家という評判を意図的に作り上げているのです。

 

 そして私の場合は国家所属の工作員ではあるのですが、そこからヴァイスにあるヴァイシャル学園へと派遣されるという特殊な立ち位置でもあります。

 普通は国内の組織に派遣される場合は、工作員ということは隠し、王家や国家に敵対する兆候などはないかと探る監査役となるのですが、昔からヴァイシャル学園だけは違います。

 というのも何代も前の国王が次代の人材を見出し育てる学園の役割を重視していたため、純粋に手助けとして有能な手下を派遣していたのが始まりなのです。表向きとしては近衛騎士団から派遣されて警備兵をやっている者もいるのですが、時に必要な汚れ仕事を担う者としてカッジャーノ家の工作員も派遣されてきたのです。

 

 

 

 そうしてヴァイシャル学園に教員として勤めてきた私ですが、しばらくは大きな問題もなかった学園……いえ、ヴァイスの街そのものに危機が迫りつつあります。

 ラクエンと呼ばれる特殊な魔法薬がその原因です。服用者に一時的な高揚感を付与するその薬はまさに楽園を垣間見るような心地ですが、徐々に身体に異常をきたすうえに、依存性が非常に強いという特性があります。訓練段階で様々な毒の効果をこの身で体験させられた私ですが……、そうした類の魔法薬については思い出したくないと感じるほどでした。

 ああした類の魔法薬が広まった組織は腐敗し、街は崩壊します。真っ当な――というのもおかしな表現ですが――裏組織であれば敵対組織への工作以外では使わないような物です。自らの縄張りを使い潰すような愚は、悪人であっても普通はしないのですから。

 

 そんな怖ろしい魔法薬がヴァイスの街で広がりつつあると、街の情報屋から聞いたときには耳を疑いました。今のヴァイスで最大勢力であるヤマキ一家は良くも悪くも昔気質の裏組織であり、ラクエンのような物を最も嫌う連中なのですから。

 そうした兆候を許してしまったとはいえ、ヤマキ一家はここでラクエンの広がりを抑えようとするでしょう。しかしだからといって、裏社会の連中にこんな重大なことを任せておいて安心できるはずもありません。なので学園長から直々に指令を受けた私が対処に乗り出すこととなったのでした。

 

 

 

 せっかくの成果発表会。私も一戦二の担任教員として楽しみにしていたのですが、じっくりと見て回ることもできません。なんとか都合をつけて、ソブリオ君とレンツァ君の模擬戦は観戦できましたが……。

 教員としても自慢の生徒なのですが、二人してああまで圧倒されて負けるとは正直思っていませんでした。“鬼の一族”シェイザ家の子弟であるグスタフ君の強さはもちろんなのですが、カッジャーノの工作員としてコレオ家の裏の顔についても知っていたためアル君も強いであろうことはわかっていました。今代はなにやら揉めているようですが、しばらく前に彼がパラディファミリーの幹部入りしたということは報告をうけていますので、そんな状況にある十五歳の少年が平然と日々を過ごしているというだけでとんでもない傑物であることが見て取れます。普通はもっと憔悴するか、逆にギラギラとした攻撃性を隠し切れなくなるものでしょうから。

 

 そんな末恐ろしい子供達である二人が、私の目の前で難しい顔をしています。まあグスタフ君の方は、判断はアル君に任せて私への警戒に全力を傾けているようですが。

 アル君の方は私からの提案に頭を悩ませています。といっても乗るしかないとは思います。わざとらし過ぎるくらいに私の立場については示しておきましたから、少なくとも表向きの学生としての生活を現状では捨てる気はないであろうアル君が、私……というよりはその背後にあるものとの衝突は避けるでしょう。

 こちらとしても、コレオ家との不必要な衝突は望まないですし。コレオ家……というよりはパラディファミリーと、我がカッジャーノ家は互いにフルト王国の暗部であり、干渉を避けてきた経緯もありますから。何かがあってどちらかの存在が世に露見した時に、芋づる式になっては困る、ということですね。

 

 そして私の予想は正しかったようです。しばしの黙考を終えて顔を上げたアル君の視線には、もはや何の迷いも見られません。状況に対して臆病なくらいに慎重なのに、決めてしまえば迷いなくどう猛さを発揮するのは、まさに裏社会の人間の特徴といえるでしょう。

 自分の半分しか生きていない少年を相手にそんな評価をすることになるのは、私のような汚れ仕事を生業とする大人であっても胸が痛むものですね……。

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