第147話
「大体とっくにそっちがラインを越えてんだっ!」
怒りを向けられること自体に怒り、それを魔力と一緒に拳に乗せる。気持ちが昂ったせいか、ついさっきまで制御に苦心していた魔法が、今は自分の腕を傷付けそうだという感覚がしない。鎌首をもたげたヘビのように、僕の感情に呼応してただ攻撃の機会を今か今かと待ちわびている……そんな風に感じるのは、ただの技術に過ぎない魔法に対してロマンティシズムが過ぎるだろうか。
「これで死になさいぃ……
予想通りに、メンテは迎撃のために魔法を放ってきた。こっちが先んじて駆け寄っていったことで余裕のない状況故に、二文字の魔法だ。実績も豊富な冒険者であるメンテは、かなりやり手のマエストロであるとユーカからの情報で知っているけど、残念ながら僕はそもそも冒険者の情報に疎い。とはいえ、悠長にしていれば強力な四文字を放ってきただろうから、初手はこっちのペースで――
「甘いのよぅ……
――と、想定しておいた通りに魔法拳で火球を迎え撃とうとしたところで、メンテはさらなる魔法を発動した。
ただの水属性一文字。
それは飛来する火球と僕の拳の間に、球ですらない水の塊として形を成した。
「なんだ!?」
驚いてとっさに拳の勢いが弱まる。だけどそれが結果的に僕の身を守ることになる。
元より、水は向こうよりに出現していたから、すぐに火球が突っ込んでいき衝突した。自分で出した魔法を、それとは別に自分で出した魔法にぶつける。それが何を意味するのかは疑問に思う間もなく知ることになった。
強烈な轟音、そして全身を襲う衝撃。
勢いを弱めていたおかげで、とっさに腕を防御の形にすることができたから、顔を含む体の前面を潰されることは防げた。それでも至近で発生した衝撃はもろに受けたから、体は駆けていたのとは逆――後ろへと吹き飛ばされる。
「ぐうっ」
「アル君!」
耳元でグスタフの呼ぶ声が聞こえ、体の吹き飛ぶ勢いは減じた。うまく受け止めてくれたらしい。
「……うふ。やるわねぇ、今ので死なないなんて」
気付けば駆け出す前の距離にメンテがいて、余裕の立ち姿で微笑んでいる。走った分だけ押し戻されたらしい。当然消えている右腕の魔法だけど、風を強化したこれがうまく防壁として機能したおかげで、一応は無傷で済んだらしい。揺らされた頭はくらくらするけど。
「水蒸気爆発……?」
「なんだ、それは?」
残る目まいを振り払うように頭を軽く振りつつくらった強烈な爆発の正体を推察すると、受け止めていた僕の体を放したグスタフは首を傾げている。そういうのは学術科でもマニアックな連中しか知らないようなことだし、僕にしても前世の何かで言葉を聞いたことがある程度だ。
「違うわよ、お馬鹿さん……うふふ。これは属性爆発っていうグリッチでぇ、ていってもわかんないわよねぇ」
「グリッチ……? そんなの攻略サイトにもなかったはず……」
ゲーム『学園都市ヴァイス』はそのコンテンツの膨大さから、細かなバグもそれなりにあった。だけど開発陣のこだわりから、こと戦闘に関することは堅牢確実に作られていて、たとえば膨大なダメージを叩き出すバグとか、強敵を一方的に嵌め殺す手段とかはないというのが通説だった。だからグリッチ――つまりはバグ利用技――なんてあったはずが……。
「あっさいわねぇ、攻略サイトなんかにはなかったけど、コミュニティでは有名でRTA界隈でも――」
少し距離があるから細かな表情まではわからないけど、おそらく自慢げに語っていたメンテの動きが止まる。いかにもオタク的な言動をとったことが急に恥ずかしくなったんだろうか?
「――攻略……サイト? そういえばさっきもどさくさに紛れてゲーム気分、とか言っていたかしらぁ?」
どさくさに紛れさせたつもりはないけど、確かに僕がさっき言った言葉だ。だけど、それがどうした……ってもしかしてこいつ。
「あんた、転生者ぁ!?」
「…………可能性を疑ってすらいなかったのか」
どうにもただの『アル・コレオ』だと思われているとは予想していたけど、自身も転生者な癖に、前世の記憶を思い出した人間が他にいると疑いもしていなかったという驚き様だ。あきれた能天気……なんだけど、さっきのその属性爆発はどうしようか。思ったよりも厄介な相手ではあるみたいだ。
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