第146話

 改めてライラの手腕に感心することに、ある程度の距離を保ちつつ追跡したメンテは、例の倉庫へと辿り着き、建物の前で反転すると腰に手を当ててこちらを睥睨していた。

 その様は「よく来たな」と言わんばかりで、袋小路に追い込まれた側がとる態度じゃないことは確かだ。自分の判断でここまで引き込んだと思い込んでいるというのもあるんだろうけど、それだけ冒険者として実力にも自信があるってことだろう。

 

 「よく来たわねぇ」

 

 ……大正解。というか、そのままの言葉を本当に言われるとは思わなかったから、変な表情になりそうなのを抑えるのに苦労した。

 

 「お話がしたい訳じゃないんでね……」

 

 そういって、すぐに戦闘態勢をとる。そんなすげない態度の僕に、メンテは一瞬だけ口を尖らせるようにしたけど、それもすぐに変わった。

 

 「っ! ……アル・コレオ」

 

 驚愕、そのあとは憎々しげに歪めた口で僕の名前をはっきりと言ってくる。

 

 「プロタゴとニスタに悪役貴族がどうのっていうのを吹き込んでいたようだし、よっぽど僕のことが嫌いなようだね?」

 

 話をする気はないとさっき言ったのは僕だけど、ついつい話を振ってしまう。腹立たしい相手が心を乱している様子を見ると、どうにも愉快で口が軽くなってしまった。

 そしてその思惑通りにメンテの顔は一層歪み、それこそ歌舞伎の見栄を切るときみたいな迫力で睨み据えてくる。目がぱっちりと大きく、派手ながらも可愛らしい印象だった顔が、今はまるでヘビのそれだ。

 

 「嫌いよぉ、嫌い。だいっ……嫌いだわぁぁ」

 

 激情を押しとどめているためか、メンテの声はなんともねちっこく不快だ。二転三転して申し訳ないけど、やっぱり話をする気にもならないから、とっととやってしまおう。

 

 「……」

 

 聞いておいて無視して攻撃をしようとする僕の心変わりを察して、左右ではグスタフとライラも殺気を高める。

 

 「ゲームで見るより実物の方が百倍、いえ万倍憎たらしいわねぇ」

 

 メンテは構わず何かを言い募っている。

 

 「僕がまず突っ込んで様子を見るから、グスタフはすぐ後に続いて臨機応変に。ライラは逃がさないことを最優先に様子見しつつ気付いた事があれば教えて」

 「おう」「承知いたしました」

 

 二人にだけ聞こえる小声で指示を出し、小気味いい返事を受け取る。長らく共にあった顔ぶれだから、やり取りにぎこちなさは全くない。

 とはいえ声は聞こえなくても、口を動かしてやりとりをした――つまりメンテを無視した――ってことは、見ていればわかっただろう。現にメンテは顔を真っ赤にしてぷるぷると震えだす。表情豊かな奴だね。

 

 「プレイヤーの邪魔ばっかりする、嫌われ者の分際でぇ」

 「この期に及んでゲーム気分とは余裕だね、冒険者」

 

 悪役貴族とかプレイヤーとか、そういう視点に囚われている転生者に、今はここが現実だと言葉を叩きつけ、同時に魔力を集中させつつ駆け出した。

 

 「ヴェント強化フォルテッ!」

 

 すぐ後ろにグスタフの気配を感じつつ、強化した風に炸裂のイメージを込めて発動、右腕にまとわせる。殴ると同時に切り裂き吹き飛ばす強力な魔法体術だけど、強力な魔法を岩の籠手によるワンクッションなしにまとっていることで、かなりの集中を要したうえで制服の肘から先が裂けてボロボロになり皮膚にも浅く傷が入っていく。未熟な魔法を実戦で使う不安よりも、転生者相手には圧倒的な初撃で一気に倒してしまいたいということを優先した。

 

 「――っ!」

 

 駆け続けながら唇の端を噛む。相当に意識を研ぎ澄ましていないと、すぐにでも自分の魔法で自分の腕を吹き飛ばしてしまいそうだ。

 こんな状態だから、このまま別の魔法を使う余力も、器用に動き回る余裕もない。来るであろうメンテの迎撃魔法を殴り飛ばし、その勢いで本人ごとやりきる。そう決めて力を籠め直した暴風まとう右拳からは、ぎりりと筋肉と骨の軋む音がしたように感じた。

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