第297話
「ふっざけんな!」
「どっちが!」
薄暗い建物内には今日も怒号が響く。
裏町にある酒場では争いごとが絶えない。こんな場所で揉め事を起こせば、最悪闇に葬られるだけなんだけど、新参者はそんなことを実感できないし、裏町には新参者の流入は常に多い。
それだけ表からこっちへと落ちてくる流れができてしまっているということだけど、これでもコルレオンはましな方だ。パラディファミリーが普通の意味での裏社会を仕切っているし、それによって領主――父であるヴィルト・コレオ――がうまく利益を得て、この地を富ませているから。
だからまあ、このコルレオンでの裏町というのは、他のような裏社会ということではない。ここは表にも裏にも馴染めないはみ出し者がひっそりと過ごすための場所といえる。
そうしたことが理由で、裏町にはこの場所なりの秩序を保とうとする者も、気にせず好き勝手に振舞う者も、どっちも多い。
まあ少なくとも、この酒場では馬鹿な揉め事を起こさせないために僕がいる訳だけど。
「はい、そこまで。うるさくされると他の客が困る」
僕が声をかけると、大きな声を出していた二人が揃ってこっちを見た。他の客っていっても、気前よくお金を店に落としていくようなのはいるはずもないんだけど、大人しくするのならこいつらよりはまだ客とよんで差し支えない。
「ぐっ」
「ちっ、わかったよ……」
この前の二人とは違って、こいつらは馬鹿は馬鹿でもまだましな馬鹿だったらしい。拳を振り上げてくるようなこともなく、座り直して僕からは目を逸らした。
まあ、本当にちょっと話が白熱して声を荒げてしまっただけだったってことかな。
本来なら、聞き分けたとはいっても反抗的な態度ならちょっとくらいわからせようともするんだけど、ここはマスターの店で僕はそこの用心棒に過ぎない。
「……」
だからそれ以上は何も言わずに背を向けてまた薄暗い中でも特に暗い店内の角に戻って壁に背を預けた。
呑気に過ごしている……ということではもちろんなく、合流を果たしたライラとサイラが他の仲間についての情報集めを今もしてくれている。
僕は僕で裏町のアルとして過ごすことが、情報を集める手段だと思っているから、今もこうしているのだった。
「……!」
と、新しく店内に入ってきた客が、暗さに慣れない目をすがめてきょろきょろとしている。しばらくそうしてからカウンターに寄ったそいつは、小銭を渡してマスターから安酒を一杯受け取ると、空いていた席から入り口に近い場所を選んで一人でちびちびと飲み始めた。
別に一人で来るのも、周りを露骨に警戒しているのも、この場所では珍しくもないし目をひく仕草でもない。
だけど、その顔が知っていたものだったし、向こうも明らかに何度か僕へと目を向けていたから、期待通りに近づいていき、向かいの席へとついた。
「この前は大変だったみたいだね、アルの旦那」
安酒を大事なものみたいにちょっとずつ舐めるような飲み方を続けているそいつは、情報屋のロレッタだった。
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