第159話
魔法格闘と称してこれまで使っていたのは非常に単純な技だった。手に岩をまとって即席の籠手として使うか、火や風をまとって攻撃力増加のために使うか、だ。
だけどその可能性というのはこんなものじゃないと前から思ってはいた。魔法というのは制御次第で、色々なことができる可能性の技だから。それは奇しくも、たった今メンテが見せてくれたことでもある。
「ぐぐぐぎぎっ」
喰いしばった歯の隙間から呻きが漏れる。全身の骨という骨が軋み、筋肉の繊維一本一本が無理な負荷に悲鳴を上げる。
体の外側に“まとう”んじゃなくて、体の内側に充溢させる。血のように、魔法を流すことで人間という生物としての限界を超える。
普通は二文字魔法につけるようなものじゃないけど、僕はこれに
「ぐうぅ……これ、で!」
走りだした瞬間に、景色が経験したことのない速さで流れていく。
「ご、ご主人様っ!?」
「これで足りるかな?」
「は、はいっ!」
驚くライラの近くで止まって尋ねると、確信的な肯定が力強く返ってくる。
「この……
先ほどよりも鼻からの流血量を増しながらも、メンテはさらに大量の火球を放ってくる。ここで決めるという覚悟なんだろう。
とはいえ、僕の方も慣れない大技をぶっつけで発動したことで、体の中からの軋みは大きくなるばかりだ。
「右前方に走って、それから左へ、その後は一旦下がってください!」
僕の速さを加味して計算し直したライラが力強く言葉にする。
「いくよ!」
それを信頼すると力強く答えてから、一瞬でトップスピードになって駆ける。指示通りにまずは右前方に向かって、そして足を止めずに方向転換して左に。
一歩ごとに足はもちろん腕も、胴にも痛みがある。だけど身体能力を強化する風が体内を吹き荒れることで、疾風となって走り抜けることができるし、目と反射神経もそれに対応できるだけ強化されている。
僕の走り抜けた軌跡をなぞるようにして、次々に軌道を曲げた火球が着弾していく。メンテがその身を削りながらも制御するそれらはここにきて最大限の正確さで、確かに今の僕の速さじゃなければとても避けて走ることなんて不可能な攻撃だった。
間を空けずにバックステップの一跳びで、ほぼ瞬間移動のごとくスタート地点まで戻ると、さらに相当な数の火球が追って着弾していく。この速さにも多少は追うように攻撃できているメンテを褒めるべきなんだろうけど、ライラの読み通りに動いたことで、空間に放出されていた火球の大半を無駄撃ちさせることができていた。
「ここです!」
そしてライラの声に背中を押されるようにして再度前進。圧倒的な速度を獲得した今の僕に、まばらな火球による迎撃ではもはや足止めにもならない。
「うぅぅ……うぅっ!」
子供が駄々をこねるように呻き、地団太を踏むメンテが一気に近づく。もはやこれ以上の奥の手はないようだし、あっても出す暇を与えるつもりはない。
「せい、やっ!」
メンテの目前で沈み込み、立ち上がる勢いで蹴り上げる。
「あがっ」
浮き上がったその体を追って数発の拳を叩き込み、再び落ちて来るまでに体勢を整える。
「ひっ! やべてぇっ!」
最初の蹴りで前歯が抜け落ちていた口で、それでもメンテは何やら口にする余裕くらいはあるようだ。だけどここで決めるっ!
「おらァ! そらそらァ! うらァ!」
再び蹴り上げて一瞬浮いたメンテの胴に二発の拳打。そして目いっぱいに力を込めた右の裏拳を顔面に振り下ろして、頭から地面に叩き落とした。
速くなる、ということは格闘攻撃の威力もそれに応じて高まるということ。その凄まじさを足や手への反動で実感しつつも、メンテが地に伏すと同時に充溢していた風魔法は体から抜けていき、溢れる力強さは恐ろしいほどの疲労感へと入れ替わった。
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