第158話

 「ヴェントっ!」

 

 魔力を帯びた風が足元で炸裂し、それを推進力にして僕はスタートする。

 

 「ヴルカ放出パルティぃ……っ! ヴルカ放出パルティぁ!?」

 

 これまでにない気配を感じ取ったのか、メンテは相当に焦っている。だけどもう道は見えたし、僕は走り出している。

 

 ぐんと一気に加速した視界の中で、焦り慌てるだけだったメンテの表情に固いものが混じったのを気付いて、慌てて足を踏ん張って体に急制動をかける。だめだ、そんなにとっさには止まれないか……っ!

 

 「あんまり甘く見るんじゃないわよぉ! ヴルカ放出パルティ放出パルティぃぃぃぃ!」

 

 目は充血し、鼻からは血を流しているメンテは、聞いたこともないような構成で魔法を発動した。放出の制御レテラをさらに放出で制御する――無茶というか無謀な発想で、だからこそメンテの体の弱い部分が壊れ始めるほど反動を受けているんだろう。だけどその滅茶苦茶な制御を目の前でやりきってみせた。

 それは膨大なの火球だ。見た感じの魔力からすると、ひとつひとつはさっきまでのメンテの火球と変わらない。けど一度の魔法でこれほど大量発動させるなんて聞いたこともないし、並列思考なんて言葉が陳腐に思えるほどの負荷が脳にかかるはずだ。

 

 「くっそ! ヴェントッ!」

 

 正面で発生させた魔法の風を蹴るようにしてなんとか進行方向を反転。今度は僕が慌てて退く。

 

 「ぐぅ……」

 

 足首がずきりと痛んで思わず呻いた。だけど、なんとか怪我はせずに済んだ。僕の体は素早くメンテから距離をとり、ついさっきまでいた場所に火球がいくつか着弾する。

 それでもまださっき供給されたばかりの火球は場にかなりの数が残っている。そしてただ低速で飛んだり浮遊したりしているだけの火球だけど……。

 

 「うぅ……あぁ……」

 「くそ! やっぱり来たか」

 「ご主人様! 一旦距離をとりつつ駆け続けてください!」

 

 メンテはもうろうとしているようにも見える。軌道を変えるグリッチ魔法はさっきまでは平気で使っているようだったけど、これだけの数を同時となるとそうもいかないようだ。

 ライラからの指示も急に場当たり的なものになるし、これは厄介だ。だけど……。

 

 「ライラ、僕がもっと速く走れるならなんとかなる?」

 

 半分叫ぶようにして、走り回りながら問いかける。

 

 「なりますが……、ご主人様、何か無茶を!?」

 「しようとしてるけど、するしかないだろ!」

 

 相手が我が身を顧みずに奥の手中の奥の手を披露してきたんだ。さすがにこっちも無傷で安全に勝利という訳にはいかなくなった。

 

 「ふぅ……ふぅ……」

 

 走りながらも、できる限り息を整えて意識を集中していく。全身に魔力が巡るイメージ。

 そう、やるのは全身で魔法をまとっての格闘だ。手に魔法をまとわせるのは、乱暴なイメージとは裏腹に相当に繊細な制御を必要としている。自分を傷付けずに、時に自己強化し、時に相手に襲い掛かる。そんな“都合がいい”ように魔法を展開しないといけないし、しかもそれを体術と同時に、だからだ。

 だから僕は魔法格闘に関してはこれまでウノマギアだった。せいぜい滞留のレテラで持続性を持たせることくらいはできたけど、あれは難易度的には一文字と変わらない。だけど普通の魔法がそうであるように、レテラを重ねて二文字や三文字で違う性質のものとして発動すれば、その可能性はまだまだ広がるはずだ。

 

 「ヴェント強化フォルテッ!」

 

 レテラを唱えると、荒れ狂う風のような魔力が僕の体の中で吹き荒れた。

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