第245話

 とはいえ……まあ、ここはヴィオレンツァの言ったことも間違いではなかったかな。つまり、見る限りではあの建物には見張りもいないし、罠のような物もなさそうだ。

 デルタファミリーは特殊な裏組織で、実質的には幹部の四人が本体。そしてかなりの数がいるその他の構成員は全てがただの末端……いや、使いっぱしりだ。だから見張りなんて頼める相手がいないんだ。

 そして建物は裏組織の拠点らしからぬ、と感じるほどに普通の住宅街にある。こんな場所に罠なんてしかけておいて、何かの間違いでその辺の住人に被害をだしたら、一発でここがデルタファミリーの拠点だとバレる。だから罠なんてたいした物は仕掛けてあるはずがない。

 

 そう考えると、間を空けずに一気呵成、というのも悪くはなかったってことだ。……いや、なんか僕もヴィオレンツァにあてられて攻撃的な思考に染まってしまっているかもしれない。一旦間を空けてこちらの態勢を整えたのは悪くないはずだ。

 

 変な思考が過ぎったのを、軽く二、三度頭を振って追い払う。

 

 「よし、いこうか」

 

 僕が合図を出すと、ルアナは「はい」と答え、ラセツは小さく頷いて動き出す。ヴィオレンツァも返事こそないけど、やっとかと言わんばかりにのそりとその巨体を動かし始める。

 

 作戦は当然来る前に打ち合わせてあるから、これだけであとは飛び込むだけだ。まあ、作戦もなにも、拠点に突入して目についた奴から問答無用で攻撃するというだけ。できれば生きて捕らえたいけど、厄介な相手だから逃げられるくらいなら殺してしまって構わない。そんな作戦ともいえないような作戦だった。

 なにせ、向かう先には幹部しかいないはずだからね。時間稼ぎの護衛役や、替え玉を警戒する必要もない。ここに来るまで厄介極まりなかったデルタファミリーの特殊な組織構造が、ここまで来ればこっちにとって有利になる、という話だ。

 

 「……」

 「さすがに……か」

 

 正面の入り口から堂々と、だけどさすがに音は立てないようにそっと扉の取っ手を握ったルアナがこちらに目を向けて首を左右に振った。鍵くらいは掛けていたらしい。裏組織の拠点は普通はヤマキ一家みたいに見張りを立てているし、何かあった時にすぐ出られる方がいいから、鍵を掛けていないことが普通だ。ちなみに僕らの拠点も鍵は掛けていなくて、中に誰もいない時は入ってすぐのところにライラが特殊な魔法を設置している。

 

 そうすると、この拠点の場所といい鍵のことといい、デルタファミリーというのは裏組織っぽくない裏組織だ。やってることはいきなり薬の密売で仕掛けてくるなんてえげつなさなんだけどね。でもそうした行為のえげつなさと、ほんの一部の幹部と大勢の末端っていう組織構造……、なんだか既視感があるような気がずっとしていたけど、今やっと思い出した。こっち・・・で見たものじゃないからすぐにはピンとこなくて当然で、前世の方の記憶だ。そう、デルタファミリーの構造は裏組織は裏組織でもマルチ商法とかをやってる詐欺集団なんかによくあったものだ。前世だとよく見たものだけど、こっちだと見覚えがないから、何となく意識の端に引っかかるものがあるって程度の感覚だったんだね。

 

 まあ、そんなことはどうでもいい。襲撃が終わってからデルタファミリーの頭領が生きていれば、話を聞いてみてもいいけどね。

 

 「開錠しますか? 音を立てないようにするには少し時間が必要ですが」

 

 一旦扉から手を離したルアナが聞いてきたことを吟味する。だけど周りには普通に住人が通っていて、建物の前にいる僕らを時折怪しむように見る者もちらほらといた。これでがちゃがちゃとやり始めたらどうしたって目につくな。

 

 「……時間は掛けたくないから一気にいこう。ラセツ?」

 

 決断して伝えるとラセツが前に出て代わりにルアナが後ろにさがる。こういう目立つ場所で事を起こすなら、魔法に見えない魔法を使うラセツが適任だろう。

 

 「任されたのじゃ、ととさま。合わせた手には、霜降りて……」

 

 ラセツが詩のような詠唱をしながらお腹の前でぽんと手を合わせると、褐色の肌が霜に覆われて白くなっていく。そしてそのままさっきのルアナと同じように扉の取っ手をそっと握ると、一瞬で凍り付いたそれが、周囲の扉の一部とともにぼろぼろと崩れ落ちていった。

 

 「っ!?」

 

 ルアナは見たことがなくても、一家の誰かしらから聞いたことがあったんだろう。だけど初見であったはずのヴィオレンツァは不動ではあったけど、その目を大きく見開いていた。魔法に疎そうなこの大女でも、ラセツのこれが異質な力だということはさすがに気付いたらしい。

 

 ……なるほど、パラディファミリーの方でもラセツの力の詳細までは知られている訳ではない、と。

 

 戦闘になればどうせ知られるし、その気になって探られればやっぱりすぐに知られるだろうから隠さずに見せたけど、向こうの状況について一つ収穫は得られたようだ。まあそんな喜ぶほどのたいした情報でもないけど。

 そんなことを、ちらりとラセツの額に目線をやったヴィオレンツァを見て思っていた。

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