　「ぅぁぁ……」

　苦しそうに小さく呻きながら、デルタが左腕を振る。目の前にいる羽虫でも払うような、雑で適当な仕草でとても攻撃といえるほどの動作ではなかった。

　「風（ヴェント）！」

　「吹きすさべ！」

　とっさに最速で風魔法を発動し、目の前に指向性だけ持たせた爆発的な風を起こす。といっても、一文字で起こせる風なんて威力は知れてるけど、悠長に二文字以上の詠唱をしている余裕もない。

　だけど、隣でラセツも反応してくれている。精霊鬼として独特な詠唱をするラセツだけど、今回はいつもより短い文言となっていて、その意図は僕と同じようだ。

　「ぐぅっ」

　奥歯を噛みしめて耐える。僕とラセツの魔法で迎撃してなお、こっちまで衝撃波が届いてきた。

　腕を振るだけで攻撃を飛ばしてくるのはさっきもやっていたけど、その威力がさらに上がっている。攻撃とも呼べないような動作だったのに、僕とラセツ二人分の魔法を消しても余るほどだった。

　まだ苦しそうに呻いているだけだけど、次はもっと力を込めた威力のある攻撃がくる……。そう思って体に力を入れた直後だった。

　「ぁぁぁぁあああああああ！」

　呻きは徐々に勢いをつけて叫びへと変わり、デルタは部屋の壁をびりびりと震わせるほどの声量を放っている。

　「何を……？」

　その声が攻撃……なんてことはなさそうだし、跳びかかってくるような気配もない。ただただ苦しそうなだけなんだけど……。

　そこでデルタが小さくだけど、確かにぐっと膝を曲げる。

　っ!?

　やっぱり跳びかかってくる気か？　ならその勢いを利用してカウンターで殴り倒してやる。

　そう思って身構えつつ、防御にも攻撃にも使える地属性を腕にまとう魔法の準備を頭の中にしていく。

　そして、デルタは脚を伸ばして恐ろしいほどの速さで跳び上がった（・・・・・・）。

　「……は？」

　天井を突き破って二階……いや、おそらくそこもさらに突き破って外へと去って行ったデルタを無言で見ていると、誰かの声がその場に響いた。

　自我すら捨てていそうな強化をしてまで襲い掛かってくると思って包囲も解いて構えていたのに……、逃げた……？

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