第263話
「アル君も親しくしているキサラギ君……、ボーライ伯爵家の長子にして後継者筆頭が……、姿を消しました」
「「…………」」
僕もグスタフも反応できず、閑散とした演習場内がしばらくの間沈黙で満ちた。
だけどそうしている間に、耳から入ってきた言葉が徐々に情報として理解できてくる。
「まず僕らは別に生徒会長と親しいというほどでもなかったのですが……」
なんとか口を開いて否定すべきを否定しておく。実際にキサラギとは入学試験で手合わせした縁で気にされていたとは思うけど、友人と呼べるほどの関係でもなかった。
というより、この話の流れで「親しくしている」なんて言われると、容疑者として見られていると考えてしまう。それどころか何の情報も持っていないということを主張しておいた訳だけど、カミーロの方はというとそれを聞いて小さく頷いた。
「あぁ、いえ……君たちのことを疑っているということではありません」
少しだけ焦った様な声音でカミーロはそう断ってくる。一見すると自分の言葉で生じた誤解を慌てて否定する人の良い教員といった風情だけど、その細められた目の奥では鋭い瞳がこちらを見据えているような幻視をする。
そもそも、カッジャーノ家というのがフルト王国の裏側に関わる、コレオ家とある意味似たような家だというのはもう知っている。そんな所の人間であるカミーロが、上っ面の通りのお人好しであるはずもない。
その前提で考えると、僕やグスタフのことを容疑者に含めていた――いや、今も含めている――と見ておいて間違いないだろうね。その上でこんな情報や言葉を突然にぶつけて、その反応を見ていた、ってところかな。
「いつからですか?」
何も知らないアピールという訳ではないんだけど、単純にどういうことか気になったから事の始まりから質問する。
「成果発表会の五日後に寮へと帰ってこなくなったと確認しています」
「成果発表会……、確か戦闘・戦術科の三年は……?」
「ええ、前評判通りにキサラギ君が優勝しています。外部からの評価も高く、その事が失踪の原因とは考えられませんね」
高い期待をされていた貴族家子弟が、その期待という重圧に押しつぶされるということは貴族社会では珍しいということでもない。失踪までするというのはさすがにかなり珍しい事例だけど、それもないということでもない。
だからそれを踏まえた上でキサラギについては順風満帆な学生生活だったよねという確認の会話をしていたんだけど、僕の頭の中では違うことを考えていた。
成果発表会の五日後というと、僕がヤマキ一家の拠点にジゴロウからの尋問の成果を聞きに行った日になるな……。
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