第264話
キサラギが失踪か……。
これは単に金持ちのご令嬢がいなくなった、なんて騒ぎでは収まらない。なにしろキサラギのボーライ家は伯爵という貴族の中でも地位のある家であり、謀略伯爵なんて称されるほどに力のある家でもある。
そしてキサラギはそんな名実ともに強力なボーライ家の跡取りとされていて、単なる貴族子弟とは一線を画する立場といえた。
貴族とはいえ家督を継がなければ出家して庶民になる訳だから、貴族子弟は立場としては貴族よりは庶民に近い。親が強力な権力を持っているだけ、ということだ。
だけど、その子弟が後継者と目されているのであれば話は違ってくる。まあ当たり前の話でしかないんだけどね。
そんなキサラギ・ボーライだから、裏社会の人間でも――いや、裏社会の人間であればこそ――手出しなんてするはずがない。将来的な繋がりのために近づいてくる奴自体はいるだろうけど。
あるいは裏組織にも属していないようなチンピラによる手出しの可能性だけど……、ヴァイシャル学園が誇る生徒会長というのは伊達ではない。そこらの犯罪者や通り魔に絡まれても一蹴するだけだろう。まあゲーム『学園都市ヴァイス』ではその後先考えないAIによる継戦能力のなさで弱い味方キャラクターとされていたキサラギだけど、実際にこの世界で手合わせした感想としては……とても弱いとは思わなかった。
あの時はその実戦経験の少なさを突いて、わりとあっさりと勝ったけど、あの四文字魔法の威力は今でも思い出すと背中に熱を感じるほどだ。手合わせだっていうのを抜きにして、本気で殺す気で放てばどれほどの威力になるのか……。もし裏社会の実力者と対峙することになっても、ただでは済まさないだろうね。
「……ふ」
そこまで考えてから、ふと冷静になって自嘲する。あの時インガンノが不自然な姿の消し方をしていたし、もしかしてパラディファミリーがらみのことにキサラギを巻き込んだかと思って、つい言い訳をつらつらと考えていたようだ。
まあインガンノがいかに実力者であったとしても、キサラギを何の痕跡もなく連れ去るなんて不可能だ。考えるまでもない可能性ってことでもあるよね。
「何か心当たりでも……?」
「ああ、いえ、すみません」
僕の態度を不審に感じたカミーロから聞かれたけど、何もないと首を横に振る。だけどカミーロの眉間にはますます皺が寄り、その普段は温和な顔が厳しいものになっている。
そしてしばらく沈黙が続いた後で、カミーロが再び口を開いた。
「探り合いはやめにしましょうか。猶予もあまりないことですし」
「……?」
今度は僕の方が不審に思う番だった。急になんだろうか。
「憶測はついています。だから君にこうして話をしているのですから」
「「……っ!」」
さっき「疑ってはいない」と言ったのをひっくり返すようなカミーロの宣言に、僕とグスタフの手には力が入っていた。
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