第72話

 「ヴェント

 

 風の小さな刃を無数にまとわせた左腕で突きを放つと、魔法はわからなくても危険を察知したらしいグイドは大きくのけ反ってかわす。紙一重でかわしてくれていれば、あの自信満々でむかつく顔を切り刻めたのに。

 

 ぶっつけ本番にもかかわらずというべきか、あるいはやはり実戦に勝る経験はないというべきなのか……、この魔法体技についても掴めてきた感覚がある。

 わりとその場の勘で調整しているけど、火や風をそのまま行使するような形なら、直接腕や脚にまとわせても大丈夫だ。一方で火を爆発させたり、風を刃にさせたりすると、威力が高くなりすぎるのか自分へのダメージも生じる。使う前に察したからこそ、さっきはそれを防ぐために岩の籠手の上へと爆発をのせて叩きつけた。

 じゃあ風の刃は、というとこれは風属性への経験と適性の高さからうまく制御することができたから、ワンクッションが必要なく使えた。……といいたいところだけど、実際は多少今ので左手に切り傷がついてしまっている。無視できる程度のかすり傷で済んだけど、まだ練度が足りないということみたいだ。

 

 風刃拳とでもいうべき攻撃は、うまくかわされてしまった。けどグイドとても僕がここで急に使った魔法体技は面食らうものではあったらしい。

 

 「アッキ……くくっ、思ったよりも遥かに面白い戦いをしやがる」

 

 とか嬉しそうに笑ってくれているけど、明らかに体勢が崩れている。さっき向こうが勝手に勘違いしたのを利用するならここしかない。

 

 「テラっ!」

 

 ちょっと気合いをこめて発動させることで、両手・・に岩をまとわせた。けど向こうからは半身に構えた僕の左手しか見えていない。そして今攻撃した直後の左であれば、無理に連撃をしてきても捌けると高をくくっているのか、グイドは崩れた体勢のくせに表情には余裕がある。

 そこに全力でつけこんでやろうと、僕は踏み込み、腰の捻りをのせた万全の右を突き出した。

 

 「てめっ!?」

 

 初めてグイドから“焦る”という感情をひきだせたかもしれない。

 

 「やってみろ!」

 

 そして好戦的なグイドは、そこから無理に避けようとするよりも、立ち向かうことを選ぶ。……僕の想定通りに。

 顎を引いて額を突き出したその姿勢は「一発殴らせてやるが、お前の拳も砕いてやる」とでも言いたそうだ。

 

 「単純なんだよ、この馬鹿が」

 「はぁ? このっ」

 

 僕の煽りに何かを言いかけたグイドだったけど、その言葉が出てくることはなかった。途中で岩に包まれた僕の右手に顎を掴まれたからだ。“殴られる体勢”で待っていたグイドの瞳は揺れ、止められた言葉の代わりに驚きを表現している。

 相手が待ち構えていることはしない。驚かせて崩れたところにデカいのを叩き込む。喧嘩の基本だ。

 

 「ヴルカっ!」

 

 自傷を防ぐための籠手を展開しているから、遠慮なく力を込めて右手の中で小爆発を発生させた。本当はここぞと三文字や四文字の魔法で仕留めたいところだったけど、このグイドに少しでも焦りという隙が生じているこの機を逸したくなかったのと、さすがにグスタフの顔がちらついたから小威力最速の一文字展開にした。元の時代に戻った時に相棒がいなくなっていたら、困る。

 

 バンッという破裂音とともに、右手の岩の籠手は消滅し、あわせてグイドは顔の下半分を血に塗れさせながら吹き飛ぶ。

 が、後ろの木にぶつかる前に空中でうまく体を動かして転倒すらしなかった。

 

 「っのやろう……」

 

 こちらを睨みつけてくるグイドの目は手負いの獣のそれ。

 

 「ひっ」

 

 敵意と殺気を隠そうともしない攻撃的な眼光に、後ろからラセツが息を飲む音が聞こえた。

 

 「……」

 

 僕はというと、怯んだり睨み返したりすることもなく、すぐに意識を切り替える。このグイドが僕より格上なのはむかつくけど事実。正直にいって、生き残るために感情を昂らせる余裕すらない。

 グイドが感情を露わにしている今だからこそ、ここだ。まだ意識的に切り替えないと“魔法使い”に戻せないのが我ながらぎこちないけど、そのくらいの猶予はあるし、今ならこれも通じるはずだ。

 

 「ブイオ滞留スタレ

 「っ!」

 

 グイドの周囲だけを覆うように闇を展開。視界をゼロにしてやった。目で見て状況を把握する生き物なら、それが突然に断たれれば動揺する。まして顔面を爆発させられた後に間髪いれずこうされたら、恐怖を感じて当然だ。どれほど強かろうと、それが生き物ってものなんだから。

 

 「があああああっ!」

 

 獣さながらの咆哮を上げながら、グイドが闇を突っ切ってくる。“ただの闇”だと判断しての行動なら、横に移動していただろう。こっちに向かってきていることが、やっぱり動揺していることの証といえた。

 だから、さっきまでなら必殺のはずの技すら通用しなかった魔法使いとしての僕に、こうもいいように翻弄される。

 

 「レッジェ!」

 

 闇を見通そうとしたからか、あるいは怒りのあまりにか、大きく見開かれていたグイドの両目を魔法の光が襲った。

 

 「ああああっ!」

 

 痛みなどないはずだけど、自身の不甲斐なさへの嘆きなのか、あるいは単純に僕がむかついたのか、急停止したグイドはロングソードを持っていない方の左手で目元を覆って叫んでいる。頭を振るたびに血の雫を飛ばしながらのその様子は、慟哭しているかのようにも見えた。

 とはいえ、そこで止まった辺りはまだ正気が残っていたようだ。本当はそれでも突っ込んできたところに魔法の岩壁でもぶつけて気絶させようと思っていたけど、そこまで思い通りにはいかなかった。

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