第73話

 今だ! ここが千載一遇のチャンス!

 

 止めを刺すための……、な訳がなく、当然逃げるための、だ。

 

 「行くぞ!」

 「ぇ……? ととさま!?」

 

 反転して走り出し、ラセツの手をひいて遺跡のダンジョンへと入っていく。ルートは当然棺のある方だ。これが既定の出来事だったのか、あるいは僕の行動によって過去が変わってしまったのかはわからないけど、封印を解いた時のラセツは服こそぼろぼろだったけど体に傷はなかった。つまり今からでもあれにラセツを放り込めば、とりあえず無事に逃げおおせるってことだ。

 

 ――ぅぉぉぉぉおおおおおおおっ!

 

 ダンジョンに入ってすぐに、後ろから地鳴りのような音が追って聞こえてきた。

 

 「ひっ」

 「足を止めるな、ラセツ」

 

 ラセツが怯えて体を硬くしたのも無理はない。というより、精霊鬼であるからこそ、あれに込められた戦意の恐ろしさを直感で理解したのかもしれない。

 今のは間違いなく“シェイザの絶叫”だ。僕に良いように翻弄された挙句、逃走を許したことで、本格的に戦闘態勢……というか狩りの態勢かもしれない――に入ったってことみたいだ。

 

 「暗いな……」

 

 ダンジョン内は暗くて、慎重に進んでいく分にはなんとかなるけど、こうして走るとなると足元が気になる。あるいは僕にしても、自分で思うより焦っているのかもしれない。

 なにせ、逃げる隙を作るためとはいえ、シェイザ家の身内から“修羅”とか回顧されるような化け物を怒らせるだけ怒らせてきたんだから。

 

 「ぁ……えと、ゆ、行く手を照らす、燐光や」

 「おお、ありがとう」

 

 ラセツが呟くと周囲がほのかに青白く明るくなった。光源になるようなものもないのに、僕らの周囲だけ走っていても明るいのは何とも不思議な現象だ。それにやっぱり、精霊鬼は僕ら人間の使う魔法とは違う形式で魔力を扱えるようだ。

 

 「っ!」

 

 距離をとったことで思考が逸れる余裕もできていたけど、僕の背筋が急にぞくっとした。この反響しやすいダンジョン内で足音も聞こえてこないのに、グイドが近づいてきていることを明確に感じる。あいつだけRPGじゃなくてホラーゲームかよ。

 けど、うまく隙を作った一ラウンド目に続いて、二ラウンド目も僕の勝利だ。

 

 「ととさま、これは……?」

 「空の棺、ラセツにはしばらくこれに入ってもらうよ」

 「う、うん」

 

 明らかに不安そうにするラセツだったけど、状況のまずさは骨身に染みてわかっているようで、僕の言葉にも間を空けずに頷いた。

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