第74話

 それがどういうものかは知っていなくても、棺型の四角い何かに「入ってもらう」なんていわれれば、まあラセツとしてもどうすればいいか察したようだ。

 

 「えぇっと……」

 

 説明書の内容を思い出しながら、気をつけの姿勢で瞳を揺らすラセツを上から下まで見ていく。なるほど、元々追い回されて痛んでいた和服っぽい服を、さっきさらに背中側から斬られたものだからボロボロといっていい状態だ。

 ここからさらに、今は子供のラセツの体が成体まで大きくなったものだから、あの時はぼろ布みたいになっていたのか。

 そうなると、何か着せてあげたくなるところだけど……今は僕の着ている制服を一枚脱ぐ時間も惜しい。文字通りに一刻を争う事態なのだから。

 

 「そこで待ってろ」

 「……うん」

 

 せめてと、なるべく優しい調子になるように一声かけると、魔力を流して空の棺を起動させる。するとすぐに表面をあの光が覆い、ラセツが何かを言う間もなく吸い込まれるように入り込んでいった。あっけないくらいにうまく作動して、内部状況を確認しても問題ないことがわかる。

 ラセツが自分で出てきたのだとばっかり思い込んでいたけど……、なるほど。だから、あの時解析の魔法を当てただけで、棺が開いたのか。

 ちなみに蓋に見えていたのは安全のための緊急排出装置であって、本来保存されていた人間が外に出る時もいまみたいに表面が発光してすっとでてくるはずらしい。でも問題があった場合は蓋みたいな部分が外れて強制排出され、修理しない限りは再使用できなくなる、という仕組みであるようだ。まあ想定をはるかに上回る年数をこれから使うことになる訳だから、仕方ないことではある。

 ちゃんと百年後に迎えにいく訳だから、ラセツはこれで無事に逃がせたことになる。封印ではなくて、本当に逃げたってことだったとはね。

 問題は僕の方だ。この棺の定員が一名である以上は、こうするしかなかった。つまり……。

 

 「ぉぉぉおおおおっ!」

 

 咆哮しているのに一切の足音を立てないという、異様な接近の仕方をしてくるグイドを何とかしないといけないということだ。

 どう見ても今さら話ができる雰囲気ではないし、あの絶叫をしたということは間違いなくそのつもりなんだろう。

 

 「となると、これしかないね!」

 

 そういうと僕は迷わずグイドに背を向けてダンジョン内を走り出す。魔法の光がなくなった遺跡内はやっぱり暗いけど、うっかりつまずくことがないように祈っての全力疾走だ。

 

 「がぁぁう!」

 

 咆哮と同時に、僕のすぐ横を走り抜ける風――認識できなかったけど多分斬撃だ。走る速さは緩めずに勘で横にずれたけど、まともに見て避けようとしていたら絶対に無理だった。

 何が怖ろしいって、獣染みた襲い掛かり方をしてきてるくせに、その剣術は研ぎ澄まされている。現に遺跡の壁や天井を無駄に破壊することもなく、僕が避けた部分の床に細い溝が刻まれていた。

 

 「うごがぁ!」

 「くそっ」

 

 首にぴりっとした殺気を感じた気がして、今度は前転してそのまま走り続ける。前方に見えていた装飾用の柱のひとつが、半ばで断ち切られて崩れた。

 圧倒的な強さを見せつけてくれているグイドだけど、走る速さだと僕の方が若干速いようだ。棺にラセツを押し込んでいた間に追いつかれたけど、何とか今は逃げ続けられていることがその証拠だ。

 考えてみれば、そうであるからこそ、僕に会うまでの目覚めたばかりのラセツも、なんとか逃げてこられたんだろう。

 

 「はあっ、はあっ、よし、折り返し地点!」

 

 息を切らせながらもなんとか反対側の出口に辿り着いた僕は、そのまま足を止めずにもう一つのルートへと入っていく。

 足の速さはともかくとして、咆哮しながら追ってくるグイドの体力はどう見ても僕を遥かに上回っている。逃げ続ければいずれは追い込まれるだろうし、その確信があるからあいつはこうしてしつこく追ってくるんだろう。

 だから僕は、僕の体力が残っているうちに、“逃げ切る”必要がある。だからこそ行く先はこっちしかない。

 

 「がぁっ、うがぁぁう!」

 「あがっ」

 

 もう一つのルートに入ってすぐ、今度は二閃の斬撃が飛んできて、片方が避けきれずに左腕の防具が弾け飛んで服が裂けて傷を負ってしまう。腕で良かった、脚なら終わりになるところだ。

 

 そして全力で走り続けた僕の労力と、この時代の東の遺跡には魔獣がほぼいないことのおかげで、例の石碑が見えてきた。

 けど残念ながら僕と奴の脚の速さの差っていうのは、それほどでもなく、まだ鬼気迫る表情のグイドの姿も見えているままだ。ラセツに合わせた言葉遊びだったとはいえ、鬼を名乗ったのはこっちだったのに、あいつの方がよっぽど鬼じゃないか。ああ、そうか、“鬼の一族”って名乗り始めたのはそういえばグイドだって話だったね!

 

 「はぁっ、はぁっ」

 

 さっきよりもさらに息が上がっていることを無視して、石碑に手を当てる。消滅のレテラを習得していることがこっちでも条件なら……。

 

 「あがっ! ぐっ」

 

 一つ目は期待通りに説明書の情報が流れ込んできたことで、そして二つ目は辛うじてかわしたグイドの斬撃によって浅く首に傷ができたことで、続けて苦鳴をだしてしまう。ぎりぎり……だけど、賭けは僕の勝ち、ということだったらしい。

 

 「ぐるるるるっ!」

 

 もはや完全に獣じゃないかっていう雰囲気でグイドがすぐそこまでやってきた。ここで畳み掛けてこないのは、絶叫によって本気の戦闘態勢に入っているからこそ、だろう。グイドが僕を舐めるのを止めているからこそ、この最後の間を得ることができたのは向こうにとっては皮肉といえる。

 グスタフとも話した通り、この石碑には“通路”と記されている。それは装置の名前で、それ以外の部分はおそらく解読不可とでもなっているんじゃないだろうか。なぜなら名前以外のこれらは文字じゃなくて回路みたいなものらしい。

 で、これらにきちんとした手順で魔力を流すと、発動させることができる訳だ。こうやって石碑から動かすのが本来の手順。“近くにある”パネルを使う発動は特殊な簡易動作で……、間違って送ったものを送り返すための装置らしい。

 そうなるとゲーム『学園都市ヴァイス』でのイベントについて思う所はでてくるけどそれは一旦おいておくとして、今から僕が僕を送ったからこそ、ニスタの企みは成功したということになる。

 じゃあ僕が帰ることに失敗すればそもそもニスタによって僕が過去へ飛ばされることはなくなるはずで……、いや、その場合はラセツがグイドに殺される……? やめよう、これはなんというか、考えることが大好きな人間でもない限り頭が痛くなるだけのアレだ。

 

 「この野郎ぉぉぉぉぉっ!」

 

 そんなグイドの悔しそうな声を聞きながら既に光に呑み込まれていっていたからこそ、益体もない思考ができていたけど、だんだんと頭がくらくらしてそれも難しくなってくる。

 なんとか意識を失わないようにしたいけど、少なくとも頭はまともに回らなくなってきた。

 

 「じゃあね、“鬼の一族”の始祖さん。あんたに会うことはもうないけど、子孫とは仲良くやってるから、それで勘弁してくれ」

 

 自分でも何をいっているかよくわかっていないけど、最後に何かをグイドに向かって呟いたような気がする。

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