第311話

 「ご主人様、報告したいことが……」

 

 少し戸惑っている様子で、ライラが声を掛けてくる。

 今僕はコルレオンの裏町に確保した拠点――木造のボロ家――にいる。そして情報収集から戻ったライラは、すぐにこう言ってきたという状況だった。サイラとラセツはまだ出たままだけど、ライラがこうして少し早く戻ってきたのは、その「報告したいこと」というのが原因なんだろう。

 

 「うん、どうしたの?」

 

 端に置いた椅子に座って考え事をしていた僕は、ライラの方に顔を向けて落ち着いて聞き返す。殊更にそんな態度をとるのは、ライラを落ち着かせるためというのもあるけど、なにより自分自身に冷静さを求めるからかもしれない。

 今の僕の状況はどう楽観的に見ても良いものとはいえない。だからこそ何かがあったのだとしても頭は冷やしておかないとね。ひとつの失敗が今度は取り返しのつかないことになるかもしれないのだから。

 

 「あの情報屋……ロレッタから、気になる話を聞きました」

 「……ふむ」

 

 なるほど、ライラの態度の理由はこれか。ロレッタから“もぐりの殺し屋”がコルレオンにいるという情報を聞いたこと、つまりライラとサイラに再会した切っ掛けについてはもちろん話してある。

 今の僕には好き勝手に振舞える余裕はないということで、不問にして今も普通に関わっているけど、あの情報屋は一度は明確に敵対したと言っても過言じゃないということだ。

 そんな相手だからということで、ライラには腹立たしい思いはあるのだろうし、何より信用できるかわからないということだろう。

 とはいえ、ロレッタは裏町でもとびきりの情報屋であるということは伊達じゃない。普段は簡単な魔法で便利屋みたいなことをしているあいつは、わずかな情報からその裏にある事実を掴むのがすこぶるうまい。そうして便利屋の客との何気ない会話からちょっとした情報を扱い始め、実績をあげたことで寄ってくる情報の質が上がって今に至るという訳だ。

 どういう利益のためにあの時僕を噂になっていた殺し屋にぶつけたのかはわからないけど、明確にパラディファミリーの一員だということでもない限りは、利用できるなら利用しておいていい。こういう選り好みできない状況というのは、本当に腹立たしいけどね。

 

 やっぱりライラの方でも色々と考えているのか、少しの間があってから口を開き、続きを話し始めた。

 

 「何か大きな集団が、コレオ領内にて怪しい動きをみせているとか……」

 

 はっきりしないことが多い内容だなぁ……。とはいえ、そんなよくわからないものに領内で好き勝手されたとあっては沽券に関わるから、領主である父上も無視できないだろうね。

 ……いや?

 

 「それは盗賊とかじゃなく?」

 「はい、どこかの町などを襲うでもなく、ただ怪しいと言うほかないのだとか」

 

 なるほど……これはもしかしたら、ボーライ家による仕掛けかもしれない。というのも、何か問題があれば当然領主が対応する。市街とその近辺なら衛兵、その外なら騎士を動かして領内の治安を維持するのも仕事の内だからだ。あるいは魔獣なら、冒険者に依頼を出すかもしれない。

 だけど、ただ怪しい何かがいるなんて情報だけだと、普通はまず調査からということになる。それだと取り返しのつかない遅れを生むことになりかねないんだけど……、このコレオ領ではそうした事態は起こりにくい。というのもよくわからないものには裏社会が対応するからだ。つまり、パラディファミリーという裏の顔を持つコレオ家にとって、こんな変な状況はむしろお手の物という訳だ。少なくとも父上はそう考えるだろう。

 そしてその集団は大きなものだと、情報にはあったらしい。だとすると追い出すにしても殲滅するにしても、パラディファミリー側だってそれなりの規模で手駒を動かすだろう。領内で裏組織が大手を振ってそんなことができるのも、またコレオ領ならではなんだけどね。

 

 まあなんだとしても、これは僕にとって都合がいい。パラディファミリーへの襲撃を企図する僕にとって。

 そして、ボーライ家の意図を伝えに来たカッジャーノ家のアデーレは、作戦は続いていると言っていた。

 パラディファミリーの本拠地を一時的に手薄にするための陽動。……そう考えていいだろう。何より、利用できるものなら利用しない手はない、ってことだ。

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