第304話
僕はこの裏町での拠点としているボロ家へと帰ってきていた。年季の入った木製で、各所の建てつけも良くない。広くもなくて、数人が横になれば足の踏み場もなくなるほど。ヴァイスで隠れ家として使っていたあの元商店が、大豪邸に思えるほどだ。
だけど隙間風を存分に堪能できるこのボロ家でも、裏町においてはそれこそ大豪邸だった。その辺の道端で寝るのが普通で、雨風をしのげる位置を確保できるのはそれなりの立場の者くらいだからだ。
……まあ、裏町においての“立場”なんて、たいした価値のあるものでもないんだけどね。
そんな風に自虐にだけはことかかないとはいえ、それでもやっぱり建物といえるものを拠点とできる利点は多い。
その一つが、他人に聞かれたくない話をできるってことだ。
もちろん、僕の場合は解析のレテラの副次効果を扱えることもあって、聞き耳をたてようと近づいてくる者があればすぐに気付ける。だけど、それこそ遠くから口の動きなんかを見られて読み取られる、なんてことまで考えると相談するだけでも一苦労だ。
せめて目線くらいは遮ってくれるという意味で、やっぱりこのボロ家は立派な拠点といえた。
「戻りました、ご主人様」
「サイラってば、疲れたの」
そんな我がぼろ家へと、合流を果たした仲間――ライラとサイラ――が揃って入ってくる。なるべく普段通りの行動を心掛けて周囲から怪しまれないようにしている僕の分まで、情報収集にいってもらっていた。
「これといった決定的なものは……」
入ってくる時のサイラの言葉と態度を軽く叱責していたライラだったけど、すぐに僕へと視線を戻すとそう報告してきた。
口調も内容も、はっきりとした物言いをするライラからすると、ちょっとらしくない言い回しだったけど。状況の苦しさを鑑みて、成果のなかったことを苦々しく思っているということなんだろうね。
「っ!」
「…………わあ!」
励ます意味でライラの肩を軽く叩くと、隣のサイラが露骨に物欲しそうな目をしていたから続けてそっちの頭を一往復撫でた。
「内容の軽重は僕が判断する。とにかく聞き得たものを報告して」
そしてそう告げると、僕の手が離れた後の肩を指先でなぞっていたライラは、目の色を変えた。部下の勝手で報告すべきかどうかを判断するなという、ちょっと厳しいことを態度だけは柔らかく言った訳だけど、それでライラにはちゃんと伝わったみたいだ。
だからこそ、一度身じろぎして姿勢を改めたライラは、見聞きしてきたものを端的に主観を交えず話し始めたのだった。
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